パート2: 国王陛下とポテチ問答
謁見の間の巨大な扉が完全に開かれると、俺はその光景に息をのんだ。
だだっ広い空間。天井は教会のドームのように高く、巨大なステンドグラスからは色とりどりの光が差し込んでいる。床には深紅の絨毯が敷かれ、壁際には鎧を着た騎士や、いかにも高位の貴族といった風体の人間がずらりと並んでいた。全員の視線が、入り口に立つ俺たちに突き刺さる。
(うわ、広っ! 人多っ! なんだこのプレッシャーは!)
そして、その視線の先、部屋の最も奥まった一段高い場所に、それはあった。
きらびやかな装飾が施された玉座。
そこに、一人の壮年の男性がどっしりと腰を下ろしていた。金の刺繍が入った豪奢な衣装、頭には王冠。年は五十代くらいだろうか。鋭い眼光と、口元にたくわえられた立派な髭が、威厳を際立たせている。あれが、この国の国王陛下か…。
そして、その国王のすぐ隣には、勝ち誇ったような笑みを浮かべたエリザベス王女が立っていた。彼女は俺に気づくと、片目をウインクしてニヤリと笑いかけてきた。
(やめろ! こっちはそれどころじゃないんだ!)
使者に背中を軽く押され、俺とセレスティアは絨毯の上を進み、玉座の前まで歩かされた。
促されるままに、俺はぎこちなく片膝をつき、深く頭を垂れる。セレスティアも、流れるような動作で俺の隣に跪いた。心臓の音がうるさくて、自分の耳がおかしくなりそうだ。
静寂が場を支配する。どれくらいの時間が経っただろうか。
やがて、玉座から重々しい声が響いた。
「面(おもて)を上げよ」
俺は恐る恐る顔を上げた。国王の視線が、まっすぐに俺を射抜いている。ひえっ、怖い!
国王は俺と、隣のセレスティアを交互に見比べ、わずかに眉を上げた。
「ほう。そなたが、娘がしきりに申しておった『ポテチの聖騎士』…とやらか? そして隣には、これはこれは、聖女殿ではないか」
(いやいやいや! 聖騎士じゃないし! てか、もうそんな変な二つ名が王様にまで伝わってんのかよ!?)
俺が内心で絶叫していると、隣でセレスティアが凛とした声で口を開いた。
「恐れながら、国王陛下。この方はリクト様と申されます。わたくしの恩人でございます」
おお、セレスティア、ナイスフォロー! …いや、恩人ってのもちょっと違う気はするが、聖騎士よりは百万倍マシだ。
しかし、そのセレスティアの言葉を遮るように、エリザベスが甲高い声で割って入った。
「お父様! そうですわ! このリクトが作る『ポテチ』は本当にすごいのですよ! 一口食べればたちまち力がみなぎり、頭も冴えわたる! まさに奇跡の食べ物なのですわ!」
彼女は身振り手振りを交え、目をキラキラさせながらポテチの素晴らしさを熱弁している。周りの臣下たちは、微妙な表情で(しかし王女の手前、無関心ではいられない様子で)その言葉に耳を傾けていた。
(おい! 余計なこと言うな! 違う、そうじゃない!)
俺は慌てて弁明しようとした。
「へ、陛下! そ、それは大きな誤解でございます! ポテチというのは、その、ジャガイモに似た芋を薄く切って油で揚げて、塩を振っただけの、ただの保存食というか、お菓子というか…」
しどろもどろになりながらも、必死で説明しようとしたその時。
「まあ、リクトったら! またまたご謙遜を!」
エリザベスが俺の肩を馴れ馴れしくポンと叩いた。近い!
「この筆舌に尽くしがたい美味しさと、食べた後の爽快感! それに、この軽い歯触り! こんなものが、ただのお菓子のはずがありませんわ!」
彼女は自信満々に言い放つ。俺の弁明は、笑顔で完全に封殺された。
(だーーーっ! 聞けよ人の話を!)
国王は、娘の熱弁と、俺の見るからに慌てふためいた様子を交互に見比べ、面白そうに顎の髭を撫でた。
「ふむ。エリザベスがそこまで言うとはな。それに、偶然か必然か、聖女殿までこうして連れてきておる。…どうやら、ただ者ではあるまい」
(いや、ただ者です! 一般人です!)
俺の心の叫びは、もちろん届かない。
国王は、ふむ、と一つ頷くと、最終決定を下した。
「うむ、面白い! リクトとやら、気に入ったぞ。しばらくの間、王女付きの客人として、この王宮に滞在することを特別に許可しよう。その『ポテチ』とやらで、存分に我が娘を楽しませてやるがよい」
(きゃ、客人…? 許可…? いや、それって結局、専属ポテチ係として軟禁されるだけじゃん! 全然逃げられねぇ…!)
俺は内心でがっくりと肩を落とした。もうどうにでもなれ、という気分だ。
だが、話はそれで終わりではなかった。
国王は、いたずらっぽく口の端を上げると、こう付け加えたのだ。
「それにしても、エリザベスがあれほどまでに夢中になる『ポテチ』とやら…」
国王は、興味津々といった目で俺を見た。
「――朕も一度、試してみたいものだな」
新たな、そしてとてつもなく厄介な勘違いフラグが、高らかに宣言された瞬間だった。
俺の王宮での前途は、ますます多難なものになりそうだ…。
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