第4話 策略

「疲れたー」


 ミーちゃんは、バフッとベッドに体重を預ける。

 用意された寝室で僕はミーちゃんの隣に座る。


「ごめん。僕が未熟だから…」


「不可抗力だから仕方ないのう。謝ることは無いぞ」


「でも凄いね。ミーシャって名前とっさに思い付いたの?」


「ああ、あれは本名じゃ」


「本名??」


「…それより、あのザッハの奴何か企んでおるようじゃの」


 何か隠しているような気がするけど、問い詰めないほうが良いかな。

 きっといつか話してくれるだろうし。


「企むってぶっそうだなあ」


 親切に家に泊めてくれたのだから、疑う事はしたくないんだよね。





 村の手伝いから戻ってくると、ザッハが一人いて部屋で待ち構えていた。


「これ、何ですか?」


 目の前に金貨の入った革袋を渡された。

 ずっしりと重い革袋。

 金貨の価値は知らないけど、かなりの金額なのは分かる。


「ミーシャと別れろ。俺とミーシャは付き合う事にした。それは手切れ金だ」


 そんな話、全然聞いていないんですけど。


「ミーちゃんから聞いていないのだけど?」


「これから話をするつもりだ。これだけ金があったらしばらく遊んで暮らせるだろう?」


 彼女の意志は関係ないのか。

 良い人だと思っていただけに、イラっときた。


「一体、何をやっておるのじゃ?」


 彼女が、部屋に入ってきた。

 ザッハを一瞥いちべつして、僕の隣に来る。


「丁度良かった。ミーシャ、俺と一緒に暮らさないか?お金は沢山ある。沢山、愛してあげるよ」


「愛?」


「そう、俺は君の事が好きなんだ。是非一緒に暮らしてほしい」


「断る」


「だから…ってええ?俺の誘いを断るだと?」


 信じられないと言った表情を浮かべるザッハ。

 今までも同じ事を他の女性にしていたのだろうか?


「な、何でだ?何もせずとも、裕福な暮らしが手に入るのだぞ?」


「別にいらん。ワシは友樹がいればそれでいいのじゃ。ワシは友樹の事を愛しておるのじゃからの」


「え?ちょっと待って…ミーちゃん?」


「ワシの事嫌いか?」


 ミーちゃんは、僕の眼前に顔を近づける。

 彼女の口が僕の唇に触れた。

 え?えええ?


 ザッハは肩を落として、床に座り込んでいた。





「ミーちゃん…」


「ごめん、ごめんて」


 僕は、ミーちゃんに必死に謝られていた。


「いくら演技でも接吻はやりすぎじゃったよな。いくらでも謝るから…何か、してほしい事はあるか?」


 愛してる…のくだりも嘘だったという事か。

 友情はあっても恋愛感情はないのだろう。

 変な話だけど、僕はがっかりしていた。


「別にいいよ。悪い気はしなかったし。それより、直ぐにこの村から出て行ったほうが良いかもね」


 ザッハは村長の息子。

 何を言ってくるか分からない。


「ワシの気が済まんのじゃ」


「だったら…もう一度キスしてくれる?僕、初めてでよく分からなかったから」


 この感情が何なのか、ハッキリしそうな気がする。


「友樹?ああ、お安い御用じゃ」


 今度は優しく唇が触れ合う。

 軽く触れただけなのに、電流が流れるような刺激。


「はぁ…」


 無意識にため息が漏れた。

 この感じは…。


「そうか。接吻は初めてだったのじゃな。悪い事をした」


 心臓がドキドキと高鳴っている。

 僕、猫のミーちゃんを好きになってしまったのだろうか。

 今は人間の姿なのだけど。


「ううん。断るのに恋人の方が分かりやすかったからだよね?」


「それもあるが…友樹に、一度触れてみたかったのじゃよ」


 頬を染めて僕を見つめるミーちゃん。

 その表情はまるで恋する乙女のようだ。


「ワシが本当に愛する者じゃからな」


 僕はミーちゃんに抱きしめられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る