第12話

 いつもとは違う時間に硝子戸が開いた。漸く来たか。そんな思いで振り向き、雑な挨拶をする。「らっしゃいませー」と。が、そこに立っていたのは、ノジさんではなく、 腰を曲げている、全体的に白髪の高齢女性だった。割と上品な服を着ている。


「穴虫ちゃん、久しぶり」

「ああ、菊ちゃんじゃないか」

「ふふ」


女性が微笑むと、穴虫さんは含み笑いをする。嬉しそうでもあり、寂しそうでもあった。


「なあ、菅野君、ちょっと先外してくれるか」

「いや、お客さんなんだったら——」

「いいから、な?」


穴虫さんの目に光は宿らない。僕がこの場に居てはいけない理由は何なのか。知りたい気持ちを抑えつつ、一礼だけして、何も持たず外に出た。


 硝子戸の向こう、向かい合って話をしている穴虫さんと高齢女性。急に疎外感を覚え始める。


「こんなこと、昔は日常茶飯事だったのに。なんで今更悲しくなってんだよ」


 脳内で過去の出来事が閃光の如く駆け巡る。早くなる鼓動。熱くなる身体。呼吸が乱れ始める。そして、僕はその場にしゃがみ込んだ。アスファルトの上を、蟻が歩いていた。

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