最終話(2)

 キラリと別れ、仁志が皆に遅れて会場入りしたタイミングで、ちょうど外の雨が本降りになった。予報通り、いよいよ台風が上陸したようだ。入口で電子チケットを切り、二階からステージのある中央ホールへと入る。


「おお……!」


 扉を開けた仁志はホールの規模に圧倒された。眼下に見えるアリーナ席の向こうには、左右の湾曲階段で繋がった上下二段のステージがあり、その後方に設置された巨大なスクリーンには、大きく『アイステ』のロゴが映し出されていた。


「これはすごいですね……」


 キャパ五千人のホールがすべて埋まっている。これまでの地方ミニライブとは比較にならないスケールだ。ただの観客である仁志ですらこの景色に思わず緊張してしまうのだから、実際に舞台に立つキラリはなおさらだろう。仁志の座席は二階バルコニーの最前列。ステージもアリーナ席もよく見える良席である。


「ん、これは……?」


 座席にはナンバーの書かれた一本のペンライトと、ペラ紙一枚の取説が置かれていた。周囲を見ると、どの席も同様だった。席に座り、ペンライト片手に説明書を読んでみる。


"本公演では、こちらの貸し出し用ペンライトのみご利用いただけます。点灯するカラーは無線での遠隔制御となります。公演が始まりましたら合図に合わせて電源スイッチを入れてください"


 無線による遠隔制御……そういえば哀澤がそんなことを言っていた気がした。開演を待ちながら、あらためてホールを見渡す。大人の客層は男女がほぼ半々、二十代~三十代が多く、仁志の世代は少ない。アリーナ席の一部が柵で囲まれており、これまでのミニライブ同様の「親子優先席」が設けられているのは『アイステ』らしいところだと思った。


"みんな~! 今日は私たちのライブに来てくれてありがとう!"


 夢園咲の声がホールに響き渡ると、開演を待ちかねたファンたちの大歓声が起きた。登壇しない音声だけのアナウンス、俗に言う「影ナレ」で、咲が公演に関する諸注意を告げていく。これが終われば開演だ。


(大丈夫、きっとうまくいきます……!)


 仁志はあの日、森村と会議室で決めたプランを今一度思い返していた。


※ ※ ※


「立つんや、ホンマもんのステージに」


 その突拍子もない発言に会議室が一瞬、静まり返った。少し間をおいて、仁志が当然の質問を返した。


「ほ、本当のステージと言っても、すでに地方を回るミニライブはすべて日程を終えましたし、それに、キラリさん自身がお客さんの前に立ったら大騒ぎになりますよ」


 森村はそんなことは承知の上と、プランの子細について説明を始めた。


「まず、最初の質問の答えや。まだステージは残っとる。もうすぐコンサートホールで行われる『アイステ』大型ライブがな。オレはこのイベントの総合プロデューサーも兼ねとるんや。一人くらいなら裏からこっそり入れられる。そのあとはユイちゃんにも協力してもらって、本番のステージにぶっつけでキラリを送り込む」


 大胆すぎる職権濫用に仁志は開いた口を塞げないでいたが、森村は構わずスマホを開いてテーブルの上に置いて見せた。そこには当日のセットリストが表示されていた。


「キラリがステージに立つのは……ここや!」


 森村が指差した曲目を見て、仁志とキラリは驚愕した。ユイがソロで歌う『アイドルステージ』──それは、このライブの大トリだった。一期から二期へ、世代の継承がテーマである今回のライブは新主人公であるユイの歌によって完結する……そんな意味の込められたセットリストだった。


「さっ、最後の曲ですか!?」


 キラリが声を裏返して聞き返した。


「そうや。ここでユイと一緒にステージに上がってもらう」


「最後なんて一番プレッシャーのかかる……そ、その前にもユイさん何曲か歌うじゃないですか!」


「最後やないとアカンのや。ここ、見てみぃ」


 森村が今一度セットリストを指差した。そこには『アイドルステージ──ユイ(3Dイリュージョン)』と書かれていた。


「3Dイリュージョン……」


 仁志はその言葉に聞き覚えがあった。以前に哀澤から聞いた、アニメのCGキャラクターを実際のステージに映し出す映像技術だ。


「これは当日のサプライズ企画なんやが、この曲でユイと3Dで映し出したキラリがステージ上で共演するんや。そいつを利用する」


「つまり、3D映像を使うフリをして、本当にキラリさんがステージに立つということですか?」


「そうや。万が一、お客さんに勘付かれたとしても、ステージを成功させてキラリが元の世界に戻ってしまえば証拠は残らん」


 森村はそこまで説明すると、椅子にもたれかかってフウと大きく息をついた。そして、キラリの目を見据えて言った。


「……と言うてはみたものの、こんなモンはすべて仮定の話や。うまくいく保証なんかどこにもあらへん。……それでも、やれるか?」


 やれるかどうかなんてわからなかった。それでもやるしかないのだ。キラリは覚悟を決めて頷いた。

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