第十四話(終)
真っ青な空に入道雲が流れていく。熱気を帯びた風を浴びながら、キラリは屋上からひとりステージを見下ろしていた。仁志からタイムリミットのことは聞いていた。おそらく、これが最後の挑戦になるだろう。しかし、今の彼女に不思議と焦りはなかった。それどころか自然に笑みさえこぼれてきた。それは二ヶ月に及ぶ厳しい特訓によって刻まれた確かな自信だった。
「ユイさん。おじさん。あたし……やりますっ!」
上着のポケットから三枚のアイステカードを取り出して胸の前で合わせると、暖かな光が生まれた。カードから放たれた光はキラリの身体を包み込み、トップス・ボトムス・シューズを形作る。その身に纏ったのは、眼下のステージに立つユイと同じコーデ。ステージ脇のスピーカーを通してユイの声が聞こえてくる。
"それでは聴いてください、『アイドルステージ』!"
「はいっ!」
何百、何千回と練習した曲が始まった。ユイとキラリの歌が、ダンスが、完璧にシンクロする。今、キラリはユイであり、ユイはキラリだった。
(くるっと回って……空を指す!)
ふたりは同時にピタリとポーズを決め、子どもたちと保護者の喝采を浴びた。
"みんなありがとう~! じゃあ、続いての曲は『ナイト・プリズム』!"
休む間もなく二曲目、そして三曲目へ。それでもふたりのシンクロは解けなかった。膝小僧の絆創膏。タコのできた足の指。固く絞られた筋肉。そのどれもが今のキラリに味方していた。アイドルのきらめきは汗と根性と前を向く笑顔でできていると知ったから、もうキラリは以前のキラリではなかった。
全五曲を歌い終わってステージから降りたユイへ拍手が送られた。鳴りやまない拍手は次第に手拍子へと変わり、「アンコール」の声が乗った。そしてふたたび、ユイがステージに舞い戻る。
ユイとキラリは同時に深呼吸をした。……まだやれる。
"アンコールありがとう! 最後はもう一度『アイドルステージ』、今度はみんなで歌うよ!"
♪ こっち見て アイドル
"アイドル!"
♪ キミだけの アイドル
"アイドル!"
子どもたちの一生懸命なコールがふたりにさらなる力を与える。これが本当のラストスパート。一曲目以上に伸びやかな歌声、しなやかなダンス。
♪ 手と手つないで
足並みそろえて
さあ 夢に見た未来へ
あこがれのステージへ!
……………………。
一拍置いて。
騒がしい蝉の声をかき消すほどの大喝采が送られた。間違いなく、今までで最高のパフォーマンスだった。今、ユイとキラリは重なり、ひとりのアイドルとなった。子どもたちの拍手に送られてステージを下りたユイは、遠く屋上にいるキラリを見上げた。
「キラリちゃん、最高のステージだったね」
※ ※ ※
「はぁ……はぁ……」
ステージを終えたキラリの額から流れ落ちた汗が、じわりとコンクリートの地面に染み込んだ。もちろん、アイドルのパフォーマンスにゴールは無い。それでも、彼女は今できる最高を魅せた。やりきったのだ。
「…………………………」
空を見上げた。大きな入道雲がゆっくりと流れていた。
「……………………………………」
その、ステージが始まる前と何も変わらない光景にキラリは唇を噛んだ。
「どうして……」
キラリは、まだこの世界にいた。
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