第十四話(4)
「いよいよ今日で最後だな!」
大音量で騒ぐ蝉たちに負けないよう、哀澤が声を張り上げて仁志に言った。
「ええ!」
仁志も負けずに声を張った。それでもお互いの声が聞こえづらい。西は福岡、北は仙台まで行脚したユイとキラリの二ヶ月間の無銭ライブツアーも、ついにこの野外ステージで千秋楽を迎える。仁志たちは今日も舞台から少し離れた場所で開演時間を待っていた。
「つっても、本番はこのあとだからな! オッサン、ちゃんと大型ライブのチケット取れたんだろうなァ! オレはアリーナ席を確保したぜ!」
その煽るような物言いを、仁志は鼻でフフンと笑って跳ね返し、スマホ画面に表示された電子チケットを哀澤に見せつけた。
「おっ、二階の前方か。なかなかいい席じゃねーか。つか、年寄りのくせによく電子チケットなんか発券できたな」
「ええ、どうにかこうにか。はじめての手続きばかりで随分と苦労しましたが……やればできるものですね」
「ま、それが推しの力ってヤツよ。推しのためなら知らない世界にも飛び込める。オレだって、まさか女児向けアニメとゲームにこんなにのめり込むとは思わなかったからな」
「ふふ、それはよかったですね」
「ああ。以前のオレだったら、こんなもんガキ向けだろっつって、きっと観もしないでバカにしてただろうよ。だからよ、自分の視野の狭さを教えてくれたアイステには感謝してんだ」
「ええ、私も本当にそう思います」
この世界はまだまだ自分の知らない楽しさに満ち溢れている。仁志もまた、キラリやマポにそのことを教えてもらった一人だった。
「おかげでよ、初めはユイを応援するためだったのに、今じゃライブのアンコールで披露されるマイキャラステージが楽しみでしょうがないぜ」
「マイキャラステージ……?」
「おう。今度の大型ライブの演目に『3Dイリュージョン』ってのがあるだろ。そこでオレたちのマイキャラがステージに上がるんだよ」
「はあ」
ゲーム内のキャラクターであるマイキャラが実際のステージに上がる。言っていることの意味を測りかねていると、哀澤がその仕組みを説明してくれた。いわく、ステージ上に設置した透明なアクリル板にCG映像を投影したり、LEDビジョンに映した映像をハーフミラーに反射させたりして、あたかもマイキャラがそこに存在しているかのように見せる技術があり、さらに今度の『アイステ』ライブでは最新のホログラムディスプレイ技術を使って立体的な映像まで表現するのだという。
「なるほど……なんだかよくわかりませんが、とにかく凄そうですね!」
「……と、その反応を見るに、オッサンは申し込んでないわけだな?」
「え?」
「マイキャラステージの参加は公式サイトから申し込まないといけないんだよ。……で、言いにくいんだが、その期限は昨日までだ。くそ、教えといてやりゃよかったな」
「……あ、いえ、ありがとうございます」
「まァ、そのうちまた機会があるだろうさ。そう気を落とすなや」
肩をポンと叩いて慰められた仁志は、思いのほかショックを受けている自分に気が付いた。マイキャラのステージを観ることで、妻にまた会えるような気がしたのかもしれなかった。
「おっ、そうこう言ってるうちにはじまるぞ」
開演時間。「アイドルステージ」のイントロが鳴り響き、ステージ衣装のユイがいつものように笑顔で手を振りながら登壇した。すっかり聞き慣れたこの無銭ライブの出囃子も、いよいよ今日で聞き納めである。
(キラリさん……)
仁志はこっそり振り返り、背後にあるモールの屋上を見上げた。そこには腕を組み、仁王立ちで堂々と開演を待ち構えるキラリの姿があった。
(今日、ここで決めましょうね!)
一週間後に開催される大型ライブは指定席が定められたコンサートホールでの開催である。これまでの無銭ライブのように遠方から見学することはできない。つまり、ユイと一緒に本番さながらのステージで歌えるのは今日ここが最後となるのだ。
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