第五話(6)

「あー、楽しかったねえ!」


 パレードが終わって、帰り道。いづみが当初の目的をすっかり忘れて、浮かれた声で言った。結局、ミラキュー世界へと続くトンネルのヒントは見つからなかったが、仁志もマポも楽しい気持ちは同じだった。


「ねえ、帰る前に寄りたいところがあるんだけど!」


 すでに笑顔のいづみが、さらに口角を上げて言った。


※ ※ ※


 仁志は何度訪れても東京駅の広さに慣れなかった。特に地下は方向感覚が狂いがちで、狭い通路を行き交う人の多さに目を奪われていると、あっという間に現在位置を見失ってしまう。そんな頼りなげな伯父を、いづみは正確に地図を読み解きながら迷いなく先導していった。


「えっと、この先を曲がったところに……あった!」


 到着したのは地下にある一際カラフルな店が並ぶ通りだった。店頭には様々なキャラクターの等身大ポップが並び、極彩色の看板の数々が頭上を彩っている。東京キャラクターモールと呼ばれるこのエリアは、アニメや特撮番組などのキャラクターショップが集まった、全長80メートルに及ぶ地下商店街である。メインターゲットに合わせて店舗が固められており、この最奥地区はアイドル育成ゲーム「アイステ」や老舗のファンシーブランド「チャーミーキャット」をはじめとした可愛らしいキャラクターショップが集合していた。その中でも、いづみのお目当てはもちろんミラキューグッズの専門店、その名もミラキューストアである。


「ここ、いっぺん来てみたかったんだよね!」


 目を輝かせて入店するいづみの後を、仁志もマポを抱いてついていく。店の敷地はそれほど広くなく、そのぶん壁にも棚にもみっちりとミラキューグッズが詰められている。主な客層が子どもや女性なので、大柄な仁志にとっては少々通路が窮屈であった。


「随分いろんなものが置いてあるんですねえ……」


 ぬいぐるみや変身玩具の他に、シールブックや絵本といった書籍類、描き下ろしイラストを使用したアクリルスタンドに、ミラキューの衣装を模した子ども向けのアパレル、さらには大人向けのコスメにフィギュアまで多種多様なグッズが取り揃えられていた。


「よかった、まだ残ってた!」


 いづみが棚から手に取ったのは、仁志にも見覚えのある玩具──あのときデパートで買った変身コンパクトだった。


「えっ、それまだ売ってるんですか?」


 仁志が驚いて尋ねると、いづみは笑顔で首を横に振った。


「ううん、新商品だよ。大人になった私たち向けに、あの頃の玩具をリメイクしてるの。懐かしいからって今、大人気なんだ。ほら見て、サイズも大人用!」


 言われて見てみると、たしかに子どもの手の平には余る大きさで、プラスチックよりも金属部品が多く使われており、細部の装飾まで精密に作られているのがわかる。彼女がウキウキした様子でそれをレジへ持っていくと、店員の女性が商品を袋に包みながら何やらいづみに話しかけた。すると、それに応じたいづみと談笑が始まった。話しながらも会計処理の手が止まらないところはさすがプロだと仁志は感心した。


「ふふ、買っちゃった」


 とピンクの可愛らしいショッパーを自慢げに見せてくるいづみに、仁志は「何を話してたんですか?」と尋ねた。


「店員さんも同世代で、同じミラキュー観てたんだって! 推しのミラキューも一緒だったから、つい盛り上がっちゃった!」


「それはよかったですね」


 同時に、それはすごいことだなと仁志は思った。特定の作品に特化したショップを経営するということは、その作品に詳しいお客さんがやってくるということだ。となると当然、従業員にも相応の知識が求められることになるが、それは口で言うほど簡単なことではない。人は好きでもないものの知識を積極的に吸収しようとはなかなか思えないし、「好き」という気持ちは社員教育でどうにかなるものではないからだ。客も店員も関係なく、ミラキューという作品は愛されているのだろうと、いづみの話を聞いて仁志は感心した。


「じゃー、今度こそ帰ろっか!」


 ミラキュー世界へのトンネルこそ見つからなかったが、楽しいイベントに参加でき、欲しかったものを買えて、満足した気分で本日のスケジュールはこれにて終了である。


 ……と、いづみが店に背を向けたところで、目の前に二人の男が立ちはだかった。


「少し、お話よろしいですか?」


 どちらも、紺のスーツにきちっと締められたネクタイ。見てくれはなんの変哲もないサラリーマンだが、それはあくまでもこの場所の真上、地上の丸の内あたりを歩いていればの話である。かしこまった彼らの出で立ちは、このファンシーなキャラクターたちに囲まれた商店街においては逆に異質であった。

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