第五話(5)

 いづみが報せるのと同時に、山下公園通りへと繋がる三方の通りから、大勢の観衆と賑やかな音楽を引き連れてミラキューたちがやってくるのが見えた。仁志たちは沿道に移動し、ミラキューの集合を待った。


「さあ、ついにミラキューたちが勢揃いです!」


 MCのお姉さんがアナウンスすると、広い車道に一列に並んだ百人ものミラキューたちが一斉に各々の決めポーズをとった。同時に、集まった数万人の観衆から大歓声と拍手が送られる。これは壮観だと、仁志たちも無意識のうちに拍手を送っていた。


「それでは、トップバッターは『ふたりでミラキュー!リミックス!』の皆さんです!」


 呼ばれて、現在放送中のミラキューたちが一歩前へ出た。観衆の視線が彼女らに集中する。


「出会えた奇跡の! ミラクル・ガール!」


「かわいさ無限の! キューティ・ガール!」


「ふたり揃って! 伝説の勇者ミラキュー!」


 フロート車両に搭載されたスピーカーから流れる音声に合わせて、ふたりがアニメと同じ変身ポーズを決める。仁志は、想像していたよりもずっと強い実在感に脳が痺れる感覚を覚えた。大音量で流れる主題歌に合わせてダンスが始まると、沿道のあちこちからミラキューへの声援が飛んだ。続いて昨年のミラキューへとバトンタッチすると、今度は別の場所から黄色い声が送られた。年齢も性別も関係なく、皆それぞれ自分が見て育ったミラキューたちを応援していた。二十年の間に刻まれた年輪は大きく広がり、いくつもの層を形成していた。ミラキューのファンはとっくに女児だけではなくなっていたのだ。仁志はミラキューの世界に触れたことで初めてそれを知った。見ようとしなければ世界は広がらない。この歳になると、そんな当たり前のことすら忘れそうになる。


「キャー! ミラキュー! こっち目線くださーい!」


 今度はいづみが隣で声を張り上げた。彼女が声援を送るミラキューの姿に、仁志はうっすらと見覚えがあった。そうだ、たしかにあのキャラクターの玩具を妻といづみと三人でデパートへ買いに行ったのだと、失われていた記憶が掘り起こされた。それだけではない。他のミラキューたちも、よくよく見れば妻の部屋にぬいぐるみが飾られているのを見た記憶がある。そうか、あれもミラキューだったのか。過去の記憶と今の知識が合致する。妻が好きだったもの。もしマポが来てくれなかったら、きっと知らないままだった。


「マポ……!」


 マポが呟いた。聞こえるか聞こえないか、おそらく本人も声に出したことを気づいていないであろう小さな呟き。それは表に漏れ出た決意だった。仁志は胸の前で抱いていたマポの体温が上がるのを感じた。さっきマポが言いかけたこと──このまま、こちらの世界でふたりで暮らすのもいい──その思いは仁志も同じだった。けれど、それはできないのだと仁志は悟った。マポがミラキューに注ぐ視線の熱さがそう語っていた。倒すべき敵も、助けるべきミラキューもいないこちらの世界での暮らしを選べば、きっと何も起きず、平穏な毎日を享受できるだろう。水は低きに流れるのが常なのだから、それを責めることはできない。しかし、あえて激しい逆流に抵抗する理由があるとすれば、それはいつだって情熱だ。


 仁志はこの瞬間、腕の中の温もりを手放す覚悟を決めたのだった。

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