第3話 恋愛経験ゼロJKは年上幼馴染と密談する

 幼馴染で毎朝一緒に吉永工業高校へと通う、2年男子の田住凜杜がもう既に、私の家の門前まで迎えに来てしまっている。

 あれは今朝早くの事だったが、急に凜杜からインスカのDMチャットで、『少し芽愛梨に聞いておきたいこと、あるから』と伝えてきたのだ。

 まぁ、その事もあって、いざ凜杜が来ているこの状況で、かなり動揺を隠せない私は、2階から1階へと繋がる階段を駆け下り始めた。


 ──トントントントンッ…トントントントンッ…

 ──ガッシッ…


 「ワッタ?!メアリー!?ワッチアウト!!慌テナイ!!トゥデイカラ、パパガ、メアリーアンズリント、マイカーデ、ライドスルヨー!!アンズロードザ自転車ネ?」


 「え…?」


 階段を駆け下りた先にいたパパに、思い切り抱き止められた私は、耳元で理解に苦しむ話を突然聞かされ、呆然としている。


 {意味分かんない!!今日からパパが私と凜杜を、あのでっかい逆輸入のピックアップトラックで送り迎えするってこと?!あれ、でも自転車も載せるって言った!?}


 「ねぇ、パパ?帰りは、自転車でくればいいの?」


 「イェア!!デモ、レイニー、コールミー!!マイカーデ、ライドスルヨー?」


 「帰りに雨降ってたら、パパに電話すればいいんだ?分かった。」


 やはり、私のパパは過保護すぎだと思う。でも、ママには必ず許可はもらって、それから行動しているはずなのだ。ママはパパには甘すぎなので、本来許可を取るという抑止もへったくれもない。


 「リロビッツ、メアリー、ゴーアウツ、アーリー?」


 「ちょっと凜杜と、お話しあるんだ。もう、門のところに居るの。」


 「オォウ?!サリ!!テイキュアターイム!!ハハー。」


 それまで、私をギュッと抱きしめていたパパは、そう言うと急に腕を解くと、手を振りながらニヤニヤし始めた。


 「もう!!」


 ──ヴヴッ…


 このやり取りをしている間に、既に5分くらい経っているんじゃないかと、焦り始めた私のブレザーの中にあるスマホが、一度だけ鳴動したのが分かった。

 この状況で考えられる相手は、まず凜杜だろうか。とりあえず、パパが居た1階の階段前から玄関へと向かう為、私は廊下を駆け出した。


 「メアリー、ビーケアフォー!!」


 ──トントントントンッ…


 「はーい。」


 全く自慢はしていないのだが、私の家は3階建ての上に、1階については部屋数も多く広いので、階段の場所から玄関まではかなり距離がある。


 「芽愛梨、通りまーす!!芽愛梨、通りまーす!!」


 現在、使用人の方も数名一緒に暮らしている為、勢いをつけて廊下を走りすぎると、どこかで部屋から出てきた誰かしらとぶつかる危険性があるのだ。

 なので、今回のような有事の際、廊下を走らざるを得ない状況の場合、私は声を出しながら走るようにはしている。



─_─_─_─_


 「はぁ…っ、はぁ…っ。り、凜杜…っ、お待たせしちゃって、ごめんなさい!!」


 「おいおい、大丈夫か?それにしても、芽愛梨が時間遅れるなんて…珍しいな。家の中で何か…あったのか?」


 玄関に着いたからといって一安心ではなく、私の家は玄関のドアを出てからがこれまた遠い。ざっと門までは50mくらいは離れているので、朝っぱらから私は全力疾走したのだ。


 「ま、まぁ…そんなとこかなー。パパにさー?捕まえられちゃって…えへへ。」


 「あー…。芽愛梨、ルドヴィグさんに捕まってたんだな…。俺、あの人から逃げられる自信ないわ…。それ以前に、あの人を目の前にして、逃げる勇気もないけどな…。朝から災難だったなー?お疲れお疲れー。」


 ──ポフッポフッ…


 「もー!!急に頭ポンポンしないのー!!それで、私に聞いておきたいことって…何なの?」


 {凜杜にされるの、嫌じゃないけど…ね?}


 私にだって、本音と建前くらいはある。でも、建前を言うような状況でも、相手によっては完全には否定するのは避けておきたい。そういう時は、その言葉の前には必ず、軽く一言枕詞のように添えればいいのだ。


 「芽愛梨ってさ、クラスの男子とか、同級生とかで…さ?好きな男子とか、居るのか?」


 「はぁー?!そんな男子、同級生には居ないし!!」


 {これって一体、どういう意味なんだろ…。}


 凜杜からの想定外な質問に、思わずカッとなってしまった私は、本音を大声で返してしまった。その後、すぐに冷静になって考えてはみたものの、凜杜の質問の意図は全く見えなかった。


 「そうなのか?1年のD科の教室前、超美人な女子への告白待ちの待機列が連日出来てるって、噂になっててさ?まさかなと思って、その女子の名前は?って聞いたら『前田ってハーフの子』って言うんだ…。」


 私の在籍する“電気電子情報工学科”は、昔の学科名である“電子科”の名残で、校内では通称D科と呼ばれている。


 「あー。その件ねー。って!?もしかして…私のこと、2年生とかの間でも噂になってる?!」


 私の所へと、休み時間や昼休みを使って、告白に来ているのは、他の科の男子がほとんどだ。D科の男子たちは流石に3年間ずっと同じクラスで通す為、様子見なのか私に告白してくる気配はない。他にも理由はあるのだは、その話は高校の教室に居るときにでもしよう。


 「はぁ…?芽愛梨、お前…もっと自覚した方がいいぞ?そして、危機感くらい持てよな…。」


 「えー?!1年のD科には、残念ハーフしか居ませんけどー?でも、『私、彼氏居るんで。ごめんなさい。』って言えれば、お断りし易いんだけどね…。」


 凜杜が何を言おうと、私は入学して数日で、ブラウンブロンドの髪色は地毛なのに、ギャルと間違われて生徒指導の先生に呼び出された程の残念ハーフだ

 だから、きっと私に告白しにきてる男子たちは、ママの遺伝が色濃いこの身体が目的なのだ。それに、私がハーフだから、性には奔放だろうとか、勝手に思い込んでるに違いない。


 「おっ?ならさぁ…?幼馴染のこの俺が、芽愛梨のダミーの彼氏になってやるよ!!そうすりゃ、芽愛梨だって、お断りし易くなるだろ?それに、芽愛梨が2年と付き合ってるってなりゃ、1年坊主も下手には手を出してこれないだろうしな?」


 {ダミーの彼氏だとしても、学校内だけだとしても、私は凜杜とお付き合い出来るってこと…だもんね?悪くないよね…。}


 「こんな残念ハーフでも良いって言う、物好きも案外居るもんなんだねー?」


 相手に言われるがまま、『はい。』とか『宜しくお願いします。』とか言ってしまったら、なんか悔しい気がした。あくまで、凜杜の方から私に勧めてきたという流れにしたかった。


 「はぁ?一体全体、芽愛梨のどこをどう見れば、残念ハーフに見えるんだろうなー?」


 「凜杜、何言ってるの?私なんてハーフってこと言わなきゃ、パッと見ただの茶髪ギャルなJKでしょ?」


 そんな茶髪ギャルに見える私とは対照的に、妹の莉梨亜はハーフという域を通り越しており、どう見ても欧州辺りからきた外国人美少女にしか見えない。そんな外見で莉梨亜は流暢な日本語を話すので、一周回ってハーフだと認識されており羨ましい。


 「お、俺は…芽愛梨のこと、ちゃんとハーフなJKに見えてるけどな?」


 「はいはい。でも…凜杜、ご同情ありがとねー?」


 {ごめんね?凜杜にそう言って貰えて、私…本当は滅茶苦茶嬉しいんだから!!}


 「おい!!俺は、同情とかじゃないからな?ったく…相変わらず、素直じゃないよな…?芽愛梨はさぁ!!」


 二人の家が隣同士ということもあったが、私のママと凜杜のパパも幼馴染だった為、本当に幼児の頃からの付き合いなので、お互いに手の内がバレている事が多い。ただ、今回のダミー彼氏の案件については、絶対に私の胸の内は凜杜にバレてはならない。


 「ヘーイ!!メアリー!!リント!!カムヒーア!!ハリィハリアーップ!!」


 門を挟んで、そんな立ち話をしている私たちに向かって、背後から大声でパパの呼ぶ声が聞こえた。

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