もぐりの大賢者、用務員室で魔法塾を開きます~再現性なしと学会を門前払いされた異端魔法師(今は、用務員)の私に習いたいと、才能の原石達が集まってくるんです~

御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売

第1話 用務員さんの日常

「あ、用務員さん。さようならー」

「はい。さようなら。気をつけて」

「はーい」


 元気に走り去っていく魔術学園の制服を着た生徒を、私は手を振って見送る。


 私が用務員として働いている魔術学園は、国中の才能ある子供達が集められ、魔術のなかでも特に魔導を教導する施設だった。下は十歳から上は二十八歳までが生徒として通っている。


「さて、そろそろ教室の見回りの時間かな」


 私はそう呟きながら中等科の校舎に入ると、授業が終わり閑散とした教室を順番に見回っていく。魔術学園の校舎は、初等科、中等科、院の三つに別れていて、それぞれの在籍期間は通常、各六年となっていた。


 この見回りも放課後の、用務員としての私の仕事の一つだ。


「あーっ、またー。ミーゲル先生、片付けが不十分じゃないか。今日はスライムが大量発生しているし」


 その確認した教室の一つで、私はため息をつくと杖を取り出す。

 魔生物課のミーゲル先生は片付けが苦手なのか、使用後の教室に、たまにこうして魔生物がわいているのだ。もうこれが何度目か、私もすっかり忘れたほどだ。


 現代魔導の魔導師というのは、魔導の特性なのか、変わり者が多い。なので、これぐらいは仕方ないかと、私もすっかり諦めモードだった。


 私は一応、廊下に顔を出して誰も見てないよなと確認すると、を発動させる。

 魔術界隈で魔導が全盛となり、今ではすっかり廃れてしまった魔法。それを使う私は、結局魔術師の学位がとれず、こうしてひっそりと用務員として働いているのだ。


 ──まあ、用務員の仕事でもこっそり活用してるから、魔法が使えるのだって無駄ではないよな。うんうん。


『一は素、二は離、そは四の力の一なり。とく離散せよ』


 そう唱えながら、教室の机にへばりついているスライムへ、私は杖を向ける。すると私の魔法の範囲内だったそのスライムが、跡形もなく霧散していく。


 この魔法だと後片付けをしなくてよいので、とても楽なのだ。

 そうやって魔法でサクサクと教室中のスライムを倒していく。


 スライムは種類によっては、なかなか厄介な魔生物とされていた。

 それぞれの属性の対抗特性の魔導がなければ魔導師には基本的には倒せないし、そもそも物理攻撃も効かないのだ。


 まあ、私の使う魔法はまた別なのだけど。


「──誰か、そこにいるんですか?」


 私がスライムを倒しきり、ミーゲル先生が出しっぱなしの器具を片付けるかと教壇に近づいた時だった。


 教壇の下から声がした。

 思わず、教壇の下を覗き込む。


 目が、合う。

 それは美しくも力強い瞳だった。


 教壇の下には魔導結界が張られていて、その向こうには中等科の制服を着た女生徒が一人いたのだ。


 ──あ、まずい……魔法使うのを聞かれた……いや、今はそんなことより先に安否の確認だ。


「──君、怪我はないか? 対抗特性の魔術がなくて結界を張っていたんだね。素晴らしい判断だ」

「用務員、さん?」

「ああ、そう。私は用務員のリゲルだ。怪我はあるかい?」

「少しだけ。その、制服が……」


 アシッドスライム系にやられたのだろう。服の一部が溶け、さらに下の皮膚も軽く火傷のようになっている。


「大丈夫、すぐに保健室で治癒すればあっという間に元通りになるからね。その、これ。あまり綺麗じゃなくて申し訳ないけど」


 私は用務員用のローブを脱ぐと、生徒にかけてあげながら尋ねる。


「歩けそうかな?」

「すいません、ここに逃げ込むときに足も挫いたみたいで」

「わかった。申し訳ないけど抱き上げるよ」

「え……はい。お願いします?」


『一たるは全、全たるは一。等しく根元への門は開かれん』


 私は自分に杖を向けると、一種の身体強化の魔法をかける。その様子を驚いたように見つめる生徒。


「──やっぱり。それ、魔法、ですか?」

「そうなんだ。まあその、あまり外聞が良くないからね。できれば秘密で……」

「わかりました。もちろんです。誰にも言いません」


 私はその約束に少しだけほっとしながら、ローブでくるむようにして生徒を持ち上げる。

 急いでいるのには、実は訳があった。アシッドスライムは酸だけでなく、毒持ちの亜種もいるのだ。だからなるべく速やかに対処する必要がある。

 そう、たとえ、私が魔法が使えるとわかってしまっても、今は目の前の生徒を治癒するのが当然、最優先だ。


 そうして人気のない校舎の廊下を、私は生徒を抱えて、全力で走るのだった。


 ◇◆


 怪我をした生徒を保健室につれて、詰めていた魔導医に事情を伝えて託したあと、私は用務員の仕事に戻っていた。


 ミーゲル先生の出しっぱなしの器具もちゃんとあるべき場所に片付け済みだ。


 今日はこのまま宿直なので、夕方の仕事を終えたあとは、用務員室へと戻る。


 魔術学園のなかでも中等科を卒業した者達が通う魔術院は、夜も普通に稼働している。


 魔導が、神々や精霊たちと契約し、その力を導き寄せて使うのが基本となる魔術なので、夜しか使えない魔導もある、らしい。


 必然的に夜しか講義や研究をしていない魔導師と、その弟子たちがいるので、こうして夜の宿直も必要とされていた。


 夕食用に学園の外の屋台で買ってきておいた食事を取りながら、私は夕方に教壇の下でみた瞳を何となく思い出していた。


 ──そうか、何となく見覚えがあると思ったけど、あの瞳の強さが、師匠と似てたんだ。


 私の魔法の師匠は一言で言えば変わり者だった。私の故郷は辺境の一地方で、そこにある日ふらっと現れたのだ。


 辺境を訪れる魔術師というだけで十分変わり者だが、師匠はそのさらに上を行っていた。

 何と過去の世界からの生まれかわり、なんだとか。


 色々あって、私には魔法の才があるからと、師匠から魔法を教わることになったのだが、その授業の合間に師匠は過去の世界の話を語ってくれていた。その時の過去を語る師匠の瞳は力強くて、とても美しかったのを覚えている。


 世間知らずで幼かった私は、その過去の世界の話を特に変には思わず、素直に魔法の使い方を覚えながら育ったのだ。


 当時の周りの大人たちも魔術に詳しい人なんて誰もいなかったので、私の魔術に関する知識はだいぶ偏ったものになったという訳だ。


 そうして順調に私は魔法を習得し、師匠からは大賢者相当の使い手だと太鼓判を貰うまでになった。まあ、師匠一人が言っていただけなので、今から思えばそれがどこまで信憑性があるのかは大いに謎だが。


 そうして師匠から魔法の知識をだいたい受け継いだちょうど直後ぐらいに、師匠は不治の病を得て、伏せがちになってしまった。

 魔法はどうにも治癒には向いていなくて、他に治癒の手段もない辺境では成すすべもなく、悲しいことに師匠はしばらくして、そのまま亡くなってしまった。


 そうして、魔法が今ではすっかり廃れた技術だと知ったのは、師匠が病で亡くなり、私が魔術で身を立てようと、辺境から中央に出てきた時だった。


 魔術を使い、金品を対価に働くためには魔術学会の承認と学位がいるのだ。


 ただ、すっかり廃れた技術である私の使う魔法は、魔術学会に認めてもらうことが出来なかった。


 曰く、他者による再現性が無いものは審査出来ない、とか。


 そんな馬鹿なとは思いつつ、しょせん私は田舎出の若輩者に過ぎなかった。

 魔術学会の決定を覆す方法も全くわからぬままに呆然としていたところを、たまたま居合わせた魔術学園の副学長に声をかけてもらって、今、こうして私は用務員として働いているのだ。


 そんな昔のことを思い出しながら夕食を食べ終わった時だった。用務員室のドアがノックされる。


「はーい。どうされましたー?」

「すいません、用務員さん。生徒が封印柵を壊してしまって」


 そこにいたのは、麗しい佇まいというフレーズがぴったりの女性。彼女は夜に活動している先生の一人だった。


 たしか月の精霊の魔導を専門にしているリラ先生だ。白銀の長髪がちょうど出始めた月の光を反射してキラリと輝いている。

 生徒たちが密かに、月の女神のようと噂しているのを聞いたことがあった。


「封印柵というと、魔の森との境ですね」

「そうなんです。お願いできますか?」

「わかりました。処理しときますね」


 私の返事に軽く微笑んでペコリとお辞儀をすると、リラ先生は立ち去っていく。


「さーて、お仕事、しますか」


 私はもう一仕事頑張るかと、用務員室を出るのだった。








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