第4話:グレンの過去
洞窟から戻った一行は、近くの村の酒場で羽を休めていた。粗末な木のテーブルには焼きたてのパンと熱いスープが並び、若者たちは宝箱の金貨を前にして浮かれている。
「これで新しい装備が買えるぜ!」
リクは金貨を手に目を輝かせ、浮かれた声を上げていた。
グレンは隅の席で酒瓶を片手に、それを眺めていた。酒の入ったカップを口に運び、喉を鳴らす。その表情にはどこか疲れたような影があった。
やがてエリナが隣に腰を下ろし、グレンの顔を覗き込むようにして話しかける。
「グレンさんって、本当に強いんだね。さっきの蜘蛛、一瞬だったもん。どうしてそんなに強くなれたの?」
その言葉に、マリッサも前のめりに乗ってくる。
「そうそう、それ気になるわ! 昔のグレンはそれはもう最高にカッコよかったんだから!」
グレンは酒をひと口飲んだあと、ゆっくりと遠くを見るような目になった。
「強くなった理由ぁな……しゃーねぇからだよ。昔はそうするしか、なかったんだ」
その声には、懐かしさと苦みが滲んでいた。
「昔って、どれくらい前の話?」
リクが興味津々といった顔で割り込む。
グレンはふうっと息を吐き、背もたれに寄りかかった。
「俺がまだガキだった頃さ。魔王がのさばっててな。村々が焼き払われて、俺の故郷も灰だらけになっちまった。家族も全部やられて、残ったのはこの剣一本だけだ」
腰に差した剣を軽く叩く。使い込まれた刀身には無数の傷が刻まれている。だが、それがむしろ風格を漂わせていた。
「それで?」とエリナが身を乗り出す。
「復讐だよ、復讐。剣の握り方もわかんねぇガキが、森で木ぶった斬って、川で体冷やして、毎日必死だった。そしたらよ、山ん中でひっそり暮らしてた剣聖のじじいに拾われてな。そっから十年、地獄みてぇな鍛錬だ。骨も軋むし、涙も出ねぇ。けどな、気づきゃ魔王の首をぶっ飛ばしてた」
酒場が一瞬静まり返った。若者たちは息を呑み、マリッサだけが目を潤ませながら拍手していた。
「やっぱり、あんたって伝説の男よ!」
リクが口を開く。
「でもさ、そんな強かったら、隠居なんてしなくてもいいんじゃない?」
グレンは半笑いで答えた。
「だからよ……疲れたんだよ、戦いに。誰か守って、勝って、また誰かが死んで……何人の仲間を土に埋めたか数えきれねぇ。モテるのは悪かねぇが、酒場で女に絡まれるのも骨が折れるしな」
彼は酒をあおり、しばらく口を閉じたあと続けた。
「もういいんだ。釣りして、酒飲んで、静かにくたばれりゃそれでいい。俺ぁ、そんな人生を望んでんのさ」
その言葉に、エリナが少し切なげな声で言った。
「でも……グレンさんが一緒だと、安心するんだよ。もっと、一緒にいたいなって思うの」
グレンの手がわずかに止まり、視線が泳ぐ。
「……ったく。おめぇ、そういうの、ズルいぞ」
そこへマリッサがぐいと寄ってくる。
「だったら私が一緒にいてあげる! 昔みたいに熱い夜、また過ごしましょ?」
「バカヤロウ、やめろっての!」
グレンが椅子を引いて立ち上がると、酒場の女主人までがウィンクを投げてきた。
「グレンさんなら、私も大歓迎よ?」
「な、なんだお前まで!? 俺ぁ隠居したいって言ってんだろ!」
リクが爆笑しながら肩を叩く。
「おじさん、モテすぎて困ってるな!」
エリナも少しむくれた顔でぽつり。
「ちょっとだけ、妬いちゃうな……」
グレンは頭を抱えつつも、どこか笑みを浮かべていた。
「女難で死ぬとか、本望じゃねぇけど……まぁ、悪くもねぇな」
その夜、彼はつぶやいた。
「竜退治くらいまでは、付き合ってやっか……」
酒瓶を持ち上げ、小さく乾杯するように傾ける。剣を持つ手には、まだ老いを感じさせない力が宿っていた。
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