コンビニから帰ると、凛太郎がぴしっと背筋を伸ばして立っていた。
いつもより顔つきが凛々しい。
「な……なになに?」
「お家に帰るそうよ。ふたりを待っていたみたい」
こっそり里枝子に聞いてみると、意外な返事がきて驚く。
あづきも目を丸くしていた。
「ほ……ほんとに? 私たち、凛太郎が嫌ってわけじゃないんだよ。凛太郎が何か助けて欲しいっていうならなんだって協力する。帰りたくないんじゃなかったの?」
また難しいことを言う。けどあづきらしくて、ゴロウは少し笑った。
本当に大人がなんだって協力できるのであれば、世の中こんな子たちで溢れかえっていないのに。
凛太郎はにっこりと笑って、またノートにペンを走らせた。
【だいじょうぶ】
あづぎが泣きそうな顔でぎゅっと抱きしめる。
ゴロウだって、この判断が正しいかはわからなかった。昔のアタシだったらどうしていただろう。あづきみたいに何とかしようとしていたかしら。それとも、やわらか壮に来るもっと昔だったら、放っておいたかしら——。
「そこまで送りましょうか」
ゴロウはふるふると頭を振って考えごとを飛ばし、にっこりと笑った。
もう、会うことはないかもしれない少年。
いいえ、もしかしたら、いつかばったりどこかで会うかも。生きてさえいたら。
その時、笑い合えたらいいなと思った。
【だいじょうぶ、ひとりでかえ】
凛太郎が急いでノートに文字を書いている最中、走る音が聞こえてきた。
通り過ぎるかと思いきや音は通り過ぎず、やがて足音は止まり……叫び声が響く。
「凛太郎!!」
名前を呼ばれ、凛太郎が顔を上げる。
ゴロウ、あづき、そして里枝子も、そんな凛太郎につられ声がする方に自然と視線を向けた。
あ、と声にならないような掠れた声——いや、ほぼ“音”で、凛太郎がつぶやいた。
そこに立っていたのは、凛太郎をひと回りくらい大きくしたような少年だった。
聡明そうな顔立ちで、銀縁の眼鏡がいかにも神経質そうな印象だった。綺麗な分、少しぞっとする冷たさを持っている。凛太郎とはそっくりだが、凛太郎の純粋さや明るさをすっかり抜いてしまった雰囲気を持っていた。
少年はちらりとこちらを
「凛太郎の兄の
ぺこりと賢太郎が頭を下げる。
お世話になりました、とは言うものの、あんまり気持ちがこもっている様子はなかった。
「行くよ」
賢太郎が凛太郎に声をかける。
少し困ったように見上げたので、賢太郎は小さくため息をつき軽く頭を撫でた。
「怒ってないから」
凛太郎がゆっくりと笑う。
こちらに敵意は感じるが——まあ、あの子から見たらアタシたちは昼間っからぷらぷらしているような大人二名とおばあちゃんだものね——凛太郎はどうやら懐いているらしい。それであれば問題はないだろう。
凛太郎が小さく手を振ったので、こちらも振り返す。
「また何かあったらいつでもいらっしゃい。きちんとお兄ちゃんに言ってからね」
こくこくと凛太郎は頷いたが、賢太郎は心底嫌そうな顔をしていた。
「いいえ、もうお世話になることはな……」
「アンタも何かあったらぜひどうぞ」
ふふ、と笑って名刺を出す。
「あっあんたもしかして十八歳未満? だとしたらダメよ、なかったことにしてちょうだい」
「十九歳なんで大丈夫です!」
ひったくるように名刺を奪い、賢太郎はきつく睨んだ。
くすくすと凛太郎が笑う。
ふたりは手を繋ぎながらやわらか荘をあとにした。
とりあえず一件落着し、全員がふううと息を吐いた。
あの兄である賢太郎もニュースの件には触れなかったし、ひとまず問題になることはないだろう。肩の荷がおりる。
「やだもう夕方の四時じゃない。あと数時間でお店開かないといけないんだけど? アタシの睡眠時間はどこよ〜」
里枝子が淹れてくれたお茶を啜りつつ、あーやだやだとごねた。
「ゴロウちゃん、身体がいちばん大事だからね。一日くらい休みはできないのかい?」
「ありがとう里枝子ばーちゃん……でもアタシもお客様の癒しと従業員の生活を守っている身……これくらいへのかっぱよ……」
無理はしないようにねえ、と里枝子の言葉にぐすんと頷く。一連のやり取りを見ていたあづきが、静かに口を開いた。
「……ねえ、さっき言ってたことはほんとなの?」
「ええ? さっき?」
あづきが目を伏せる。
お茶をただじっと見ていた。
「家を出てから……そのままやわらか壮にいるっていうのは」
ああ、と思い出してあづきを見つめた。
そういえばさっき、凛太郎と話していた時にそんなことを言った。
「教えないわ」
うふ、と笑ってポーズを決める。みるみるうちにあづきの顔が怒りの色に変わっていった。
「聞こうとした私がバカだったわ」
「何よう、少しミステリアスなほうが美しいでしょう?」
「もういいわ、里枝子おばーちゃーん、早いけど晩ごはんの準備しよっかあ」
呆れながらあづきが立ち上がり、里枝子に声をかける。
最初は里枝子が凛太郎にご飯を作っていただけだったが、興味を持ったあづきが手伝うようになり、いつしかふたりで夕飯を作るようになったらしい。上達が早いのよお、と里枝子が笑っていたっけ。
「だってアンタもそうじゃない」
ゴロウの声に一瞬だけ振り向き、あづきは台所へと向かった。
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