【おうちにはかえってない】
里枝子が小さく頷く。
「夜は八時になったらここから出ていたね。朝まではどうしていたんだい?」
凛太郎は少し考え、言いづらそう……もとい、書きづらそうにペンを走らせる。
【おひさまこうえんのゆうぐで、中にかくれられるやつがあって、そこでねていた】
「こ、公園⁉︎」
あづきがほぼ悲鳴を上げる。
凛太郎が驚いて目を伏せたので、ゴロウはあづきを肘でつついた。
「ずいぶんサバイバルねえ。凛太郎はこう見えてワイルドだわ」
ゴロウが言うと、少し凛太郎は照れたように笑った。
「里枝子ばーちゃん。ちょっとあづきと話すから、凛太郎お任せしていい?」
小さな声で里枝子に耳打ちする。
きっと、これは思っているよりも複雑な状況かもしれない。この少年は、誰かもわからない我々——他人を、頼らないといけない事情があるということだ。
里枝子がゆっくりと頷く。
ゴロウは「ちょっと飲み物でも買ってくるわ」と笑顔で言い、あづきの手を引っ張った。
「の、飲み物なんて買いに行ってる場合⁉︎ うちの冷蔵庫にお茶があったから、とりあえずそれ持って——」
「バカね〜いったん凛太郎を落ち着かせるための口実に決まっているでしょう。でもその様子じゃ、あんたこそ落ち着いたほうがいいわ。そこのコンビニでも行きましょ」
呆れながら言うと、あづきはそっかそうだねとぶつぶつつぶやき、深呼吸をした。
一番近いコンビニまで、ぶらぶらとふたり並んで歩く。
外は照りつけるような暑さだった。そういえば寝ていないことに気づく。
もうすぐ八月も中旬となる。お盆の季節だ。特に帰省の予定なんてないしお店を閉めるつもりもないので、その時期の店は自然と毎年行き場のない者たちが集まる、なんとも不思議な空間となっていた。
帰る場所がない者。帰りたくても帰ることができない者。帰らない者。帰ってきたが、居心地の悪い者——。
ゴロウはいつもと少しだけ違う、そのどうしようもない空気を愛していた。
「私たち、未成年者誘拐になるかな……それとも軟禁……⁉︎」
「落ち着きなさいって」
ぺしりとおでこを軽く叩く。
その時ちょうどコンビニに着いて、自動ドアが開いた。ひんやりと涼しい風を浴び、汗が一気に引くのかわかる。
適当にお茶やお菓子、そして「みんなには内緒ね」と言ってアイスバーを二本だけ買った。
「私、お財布持ってきてない……」
「なあんでこのアタシがあんたみたいな小娘から小銭もらわなきゃいけないのよ。ハイ、アイス持ってよ溶けちゃうでしょ」
きっと睨むとあづきは小さく笑って頷き、ありがとうと言った。
「ま、変だとは思っていたわよねえ。ある日里枝子ばーちゃんの部屋で勝手に寝てて、喋れなくて筆談。そこから毎日来てるんだから……」
「そうよ! なのにみんな完全に受け入れちゃってたわ……」
「やわらか壮が特殊すぎるのよ。それにアタシ店でもまともな人になんか会ったことないしィ」
バニラ味のアイスバーが溶けてしまわないよう、すぐに包装紙を剥いて一口食べる。冷たさと甘さが一気に脳を駆け巡った。
あづきもため息をつきつつ、アイスバーを口にした。少し口角が上がったので、ちょっとだけ落ち着いたのかもしれない。
「それにしてもどうしよう……ニュースになっていたもんね。ていうか公園で寝泊まりって、そんな、ホームレスじゃん……危ないことにならなくてよかったけど」
「警察か親御さんにご連絡はしたほうがいいでしょうねえ」
うん、と浮かない顔であづきが頷く。
「でも……帰りたくない可能性だってあるんだよね。いじめとか、虐待とか、子どもが太刀打ちできないもの……。もし凛太郎がそういう何かに困っているなら、力になりたいけど……」
そうねえ、とゴロウは曖昧に返事をして食べ終わったアイスを見つめる。
食べ終わったアイスバーは棒部分にあたりかはずれの印字があり、あたりだったらもう一本もらえるのだが、残念ながらはずれだった。
「それでも、アタシたちができるのはここまでよ。やわらか壮は里枝子ばーちゃんのものだし、トラブルが起きて困るのは里枝子ばーちゃん。それはアンタも嫌でしょう? 凛太郎のことは然るべきところに託すしかないわ」
「……ゴロウって、自由でぶっ飛んでるようでいて、頭固いっていうか真面目よね……」
「そういうアンタは優等生ヅラしているくせにたまに危なっかしいわ」
フン、あづきは鼻を鳴らし、アイスを食べ切る。
「はずれだったかー」
はずれが印字されている棒を見つめ、やれやれと肩を落とした。
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