第49話 永遠のことば

 時に、大陸歴1658年5月1日。冬の氷が溶け始めて、春の暖かさを感じ始めるノヴァーク王国である。


 その日王都では、朝から葬儀が行われていた。式典用の大聖堂を使用した……国葬であった。銀の髪を撫でつけた神父が、花で彩られた棺桶かんおけの前に歩み寄った。儀礼鎧を着用した、第三騎士団臨時団長オークニー卿が現れた神父に深々と頭を下げる。


 神父は、大聖堂の内壁に設けられたステンドグラスに斜め十字を掲げて、一礼する。光が差し込んで、催事場が虹色に染まる。


「レナード=マリア・カヴァコスに、私が告げる。我らの神レフリアの名のもとに、私が代行して告げる。この魂に主の恩寵おんちょうがあらんことを」


 告別を行い、神父が大聖堂の人々に向き直ると、聖歌隊が葬送歌を歌い始める。大聖堂に安置された棺と、それを取り囲む王国騎士団。そして遺族たち。数名の女性が黒服からハンカチを取り出して目元を拭い、泣き崩れる者もいた。それを横目に見て、神父は更に聖典を読み上げる。


 ――よみがえる。そうだ、お前はよみがえるだろう


 栄光あるレナード=マリア・カヴァコス元・討伐軍団長は、任務を終えた一ヶ月後、自分の胸を短剣で刺し貫いた遺体となって発見された。カヴァコス団長は王都へ凱旋がいせんした後、騎士団への復帰を許されず、元老院が保有する離宮へと更迭されていたらしい。


(『死を呼ぶ厄災エクヴァーレ』討伐の外交責任を取らされた、そう考えるのが妥当か)


 その責に耐えかねたのか……はたまた『厄災』の呪いか。『死を呼ぶ厄災』を討ち取った――民衆にはそう喧伝されている――彼の真意は、誰も知らない。


 その事後処理など様々な事情があり、彼の葬儀は国葬という形で実施された。『死を呼ぶ厄災』を退けた英雄……対外的には『罪人』をどう弔うのか、王国内でもかなり揉めたと聞く。


(しかし、それも死してしまえば関係がない)


 どのような事情があれ、大陸では自死は大罪である。カヴァコス団長は死してなお、その責任を負わなければならない。それが罪を背負う者の『業』というものだ。


(もっとも、彼女たちは――そのようなことを望まなかったろうが)


 神父が見つけた二人の亡骸はとても安らかな顔をしていた。神父は『厄災』の痕跡の捜索から帰ってきたばかりだった。その成果は『星神国エヴァンディリア』からの要請に従って、彼の国に引き渡されていた。それらの弔いも、天使種族が上手くやってくれるだろう。人には理解できない方法で。


「悲嘆の日、なるかな。犯せし罪を裁かざるべし――」


 レフリア教の司祭というには、神父は、なおも聖典を読み続ける。神父はハーフエルフ種族であった。


 ――信じよ、お前は空しく生まれたのではない

 ――空しく生き、苦しんだのではない


 聖歌隊が葬送を歌い上げる中、神父はこの場にいない『彼女たち』を想った。正確には『厄災』の片割れ、『厄災の青い狼』の娘の方を。


(あの少女は……同胞だったのに)


 最も彼自身は己の出自を意識したことはなかった――彼は出自こそ異国であるが、生まれ育ちはこの大陸だったのだから。『教会』に入信したあとも、人種や身分とは無縁の人生だった。だからこそ『死を呼ぶ厄災』に対して己の為すべきことを考えた。


 ――全てを征服する死よ、いまや汝が征服された

 ――私が勝ち取った翼で、私は飛び去っていこう

 ――かつて誰も知り得ぬ光へと向かって


 歌声が響く中、それでも彼は己の責任とその行動を信じていた。


 葬儀はつつがなく進行して、正午前には終わった。



 +++++



 団長の葬儀は、その身分と功績にしては簡素なものだった。そもそもこの葬儀自体、最初から国葬として手配されたものではなかった。


 この日に予定されていたのは、『死を呼ぶ厄災』被害への追悼式だ。カヴァコス団長の葬儀はこの式典の前半として組み込まれたのだ。葬儀の後、神父は大聖堂から王都の南へと移動し、追悼式はつつながく執り行われた。被害者の遺族などは最初から後半の追悼式にのみ参加していた。


「大陸を襲った『死を呼ぶ厄災』。その脅威はここに取り除かれた。そして全ての犠牲者たちにもまた、神の恩寵があらんことを」


 神父は、本日最後の告解を行った。その後『犠牲者たちに永遠の安らぎがあるように』と彫られた石碑せきひの除幕式が執り行われた。


 真新しい石碑へ、人々が次々に花を供えていく。その石碑に刻まれた名前は――被害者の名前だ。アイダ、イリス、エドワード、エルナ……レナードに至るまで。数多くの名前がそこに刻まれていた。


 さて……その石碑の裏側、犠牲者たちの名前から少し離れた場所。そこに妙な模様があった。それに気づいた人間が、どれだけいただろうか。


(果たして手向けになっているか)


 花で一杯になった石碑を前に、神父は静かに斜め十字を切った。同郷だった『厄災の片割れ』への憐れみだったかもしれない……犠牲者への冒涜になってはいないだろうか。それでも、これくらいは神もお許しになるだろう。


(あの大樹の下で見つけた二人の魂……彼女らに届くといいのだが)


 罪も赦しも憎しみも全て、永遠に続いていくように。そこには神父があらかじめ『個人的に』彫っていたものがある。


 この国では馴染みがない……誰もがそれを、ただの模様だと思っただろう。


 それは模様ではなく、文字だった。生まれは違えど、使う言葉は幼い頃に習ったことがある。


 ――そこには神父の故郷の文字『エンゲリシェ』でこう刻まれていた。



『I sincerely wish you blessings, Echo/Momo』



 大陸語では『あなたたちの祝福を心から願う、エーコとモモ』という意味である。






『死神エーコは罪の果実に口付けて、アイをうたう』



[了]

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死神エーコは罪の果実に口づけて、アイをうたう 多次元林檎 @yu_otose

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