第30話 討伐軍本隊、出撃

 王都の外れ、ノヴァーク王国軍駐屯地にて。屋外の仮設テントの中で、レナード=マリア・カヴァコス討伐軍団長はあちこちから飛んでくる報告を聞きながら、最初の大規模な戦闘に向けて準備を進めていた。


「ディースカウ家から諸侯兵千人と兵糧、この多額の資金援助は……ハンニガン家? 現当主ウィリアムは反国王勢力かと思っていが、そんな家からも援助が受けられるとは……ありがたい」


 各諸侯領から次々と援助の申し出がやってくる。軍を動かすにも金がかかる。諸侯領との連携もこれまで以上に重要になってくる。レナードはテーブルの大きな地図を睨みながら、


「先遣隊が王国南西で『厄災』と遭遇。第三波まで予想進行ルートに派遣してみたが……どこか目的地があるのか? それともさまよっているだけか」


「討伐軍を組織しても、王都から全軍を差し向けるのはムリですからね。生きた相手というのは、厄介です」


 秘書官が茶を注いだカップを勧めながら、レナードに応じる。


 討伐に当たってまず重視するのは探査だ。出没時期・地点を探って当たりをつけ、通信魔道士が常駐している地域に伝令を送る。そこからは地方の諸侯に協力してもらうほかなかった。例えば全軍を南東部に差し向けたとして、『厄災』が北西に出没してしまっては……ただの無駄骨だ。


「第一から第三先遣隊の遭遇の頻度からして『死を呼ぶ厄災』の進行スピードは……王国軍のおよそ五倍ですね。なんという速度か……」


「追いついて討伐するのは無理だな。今までの幻獣種のように根城があるわけでもない。罠にはめる戦術も型どおりには行かない」


 秘書官の意見にレナードは応じる。この秘書官は討伐軍を指揮するにあたって、第二騎士団から派遣された若い男性だ。軍学校を出たばかりでまだ現場を知らないが……その怜悧れいりな声音には自分との相性の良さを感じる。


「可能な限り侵攻予想ルートを絞らなければ。全軍とまでは行かずとも『展開できる最大戦力』をぶつけることが最重要だ……交戦は慎重に、しかしてタイミングが来たときには大胆に。あの教官は今も健在か?」


 秘書官は静かに頷いた。レナードはしばし黙考していたが、声がかかった気がして顔を上げた。オークニー討伐軍前線指揮官だ。外回りから帰ってきたのだろう――こちらへ駆け寄って、


「団長、第三陣の生存者から報告書です。『死を呼ぶ厄災エクヴァーレ』と『厄災の青い狼フューネラル』……大方の戦闘力や攻撃方法には当たりがつけられたようです」


「よくやってくれた……! 出来るだけ『厄災』の手数を知ることが今は重要だ。見舞いには行けないが、報奨ほうしょうの見積もりを事務方へ送ってくれ」


 第三陣が敗走した、という知らせを聞いたのは今日の早朝だ。本隊はまだ厄災には接敵していない。先遣隊には深追いするなと厳命していたが……まさか討伐軍全体の二割弱を損耗するとは考えていなかった。


(相手の凶暴性を甘くみていた。いや、兵の生命を奪ったのは私だということも言えるな……)


 生命を賭して情報を届けたその犠牲を無駄にはしない。責任は受けよう、厄災を討伐した暁にだが。オークニーに続いて、別の団員が報告を上げる。


「第一、第二騎士団からも援助の申し出が来ています。必要な数を教えてくれと。意外かもしれませんが……彼らもカヴァコス団長のことを買っているのですよ。あなたがいないと現場が回らないと」


「世辞……というのはあちらに失礼だな。第一騎士団には三個小隊を、第二騎士団には前線でなく、補給部隊の手配を頼む。『厄災』への威力偵察を考えると、短期戦では不利だ。長期戦を考えたほうがいいだろう。消耗戦術ですり潰すのが効果的かもしれん」


 更に向かいの通信魔道士団員から報告が上がる。


「団長、フューン・オーデンセから通信伝令です。あちらの『軍用幻獣種』を三頭、こちらへ送ってくれるそうです。直接戦闘を命じるおつもりで?」


「いや、それらは討伐軍三個中隊の『輸送』に使う。歩兵部隊をジャバウォックドラゴンで空中輸送するのだ。そうすれば、軍勢の輸送スピードが大幅に上がる。ただの的にするより余程効果的だろう」


『な……』とオークニー副団長が震えて途中で言葉を無くした。大軍を高速で戦場まで運び込む。レナード自身も突飛な考えかと思ったが、実現すれば『厄災』を討伐した後の戦争の形は格段に進歩するだろう。『空から軍勢が降ってくる』など、敵にしてみれば脅威でしか無い。通信使は更に告げる。


「大陸魔道士団から分析報告です。『厄災』が使うという大鎌は既存の魔法体系とは似つかない、特殊な術式だということですが……防御のアテはあるようです。二週間あれば試作防御礼装を百は用意できるということです」


「それは朗報だ。しかし二週間か……」


 厄災の進行方向を予測する。この進路だと、どうもノヴァーク西の国境――ユーマンスへ向かっているように思われる。目的は……


「船。東方(エイシア)行きの交易船に潜り込む気か?」


 ノヴァークには東方の国々と国交がない。向こうの王朝に向かわれては、討伐軍には打てる手がなくなる。力をつけて厄災がまた大陸へ舞い戻ってくるかもしれない……そうなると厄介だ。しかし今の季節は冬。東国行きの往来が活発になる時期とはズレている。レナードが先刻口にした消耗戦を春までにしかけるのは理にかなっている。


「分かった。しかし防御礼装の半分は一週間……いや五日で届けさせろ。場所は戦地で直接受領することになるだろう。『厄災』の側が動きを急く可能性もあるからな」


 そう呟くレナードの向かいで、ミールス通信士がおもむろに声を上げた。


「カヴァコス団長、伝令です。ユーマンス港湾との玄関口、その手前のキール市近郊で『厄災』らしき被害の報告が」


「読みが当たったか……よもや冬に強行軍とはな」


 予想より早い切り込み方だ。いかに『死を呼ぶ厄災』が高度な魔法を使うとしても、今さっきの思考が読まれたなどということは神でもなければありえない。春までの消耗戦……こちらの動きが読まれたわけではなさそうだが、相手にはやはり知性がある。少なくとも素人の浅はかな考えではない。スケジュールが仕込まれている。


「オークニー、討伐軍本部からニ個中隊を早馬で派遣する。魔導部隊も同行させ、指揮は私が取る。進路はユーマンス大公国、ロートルダム港湾手前の平原だ。正午には出立出来るよう準備を」


 オークニーが息を呑む。ついに討伐軍が『死を呼ぶ厄災』と直接相対する。迫りくる死の恐怖に打ち克つべく、大声で応じてオークニーはテントを離れた。次いでレナードは、


「ミールス通信士、ユーマンス軍に伝令を打ってくれ。『死を呼ぶ厄災』と討伐軍の第一戦。恐らく最初の戦闘は貴殿らに功を譲ることになりそうだと。第一戦はユーマンス軍を主力として、我らノヴァーク二個中隊が先陣を切る。それからノヴァーク元老院とユーマンス商工会ギルドにも連絡を。内容は――」


 その内容を聞いた通信士は戦慄した。『死を呼ぶ厄災』とは特殊な幻獣種ではないのか? その悪辣な作戦概要はまるで『知性のある者』への策略のように思えたからだ。


「ギルドへの港湾工作はあくまで保険だ。ここまでの策を取らないことを願っているよ。だが、保険は二重三重にかけておくものだ。兵を無駄死にさせないために」


 ミールス通信士は頷いて、内容を紙に書き留めた。通信魔法でユーマンスに指令を送るのを見たレナードは、椅子から立ち上がった。仮設テントから駐屯地全体へ響き渡るような大声で、


「討伐軍全軍に通達!! 第一戦の戦場が決まった!! ユーマンス大公国、ロートルダム市東のユトランド平原!! そこが『死を呼ぶ厄災』の最後の地となるだろう!! 全軍ただちに戦闘配備につけ!!」


 広場の時以来の高まる将兵の声が、駐屯地へこだました。レナードは息を吐いてテーブルに置かれていた水を一口含む。隣から秘書官の落ち着いた声音が響く。


「出立にはまだ時間があります。少し休息なさってください。それから……差し入れの昼食はどういたしましょう?」


 指摘されてテーブルに置かれた差し入れを見る。食べるのを忘れて、パンはすっかり乾いてパサパサになってしまった。食事は秘書官に下げさせた。今はただ眼の前の課題に集中する。


 そして正午を過ぎた頃、騎乗した『死を呼ぶ厄災』討伐軍は、全速力で駐屯地を後にした。


 ――目的地はロートルダム市。到着まで、約一週間。

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