第15話 北のお城での優雅なひと時、死神の平穏は儚く
お城を奪った次の日。エーコとモモは清潔な服を着て、モモがこれから旅で着れそうな服を探していた。着る人もいやしないのに――昨日殺した城の人間の中に同い年くらいの子はいなかった――モモが着れそうなサイズの服も置いてあった。エーコはドレスなどを着せたがったが、モモはすごくイヤそうな顔をした。
『動きにくそうだし、気持ち悪い』
ということらしい。自分も同じような理由で制服を着てきた過去があるので、それ以上ツッコむのは止めにした。色々着せてみたが、最終的にモモが選んだのは飾り気のないスカートルックの動きやすそうな服だった。
(なんか……アタシが着てる服に似てるなぁ)
とエーコは思った。モモは狩猟用のしっかりした皮のブーツを履いて、
「これでちゃんと動けるし、エーコと一緒に歩いても足が疲れない。モモはとても幸せだぁ」
そんなモモの笑顔を見ていると、もう何もかもを許してしまった。それから二人で給仕室で料理をした。ノイスヴェンセン城には新鮮な食材もたくさんあったし、これでもっと美味しいご飯を食べさせてあげられる。自分は相変わらずの『加工した』魂だけだったが、昨日あんなに美味しい魂を勝手に味わってしまったのだ。モモに同じ思いをさせないのは不公平に思えた。
「サラダなんて久々に作ったわ、新鮮な野菜があるって良いわねぇ。そういえば城から海が見えたわね。久しぶりだなぁ海……ねぇモモ、食事が終わったら行ってみない?」
「……うん、エーコ。そうだね」
そうして食卓で昼食を摂っていたときだった。ジャーキーやスナック菓子に似た味の魂をかじっていると、向かいでモモがフラついていた。
「? モモ、どこか具合悪い? なんか変よ」
「大丈夫、エーコ。モモはだいじょぶ、だから――」
モモが椅子から転がり落ちた。
「モモ!!?」
エーコは今まで上げたことのない大きな声を出して、モモに駆け寄った。
+++++
「少し熱っぽい。多分風邪だと思うけど……しばらくは栄養のある食事を摂って安静にしたほうがいいわね」
大きなキングサイズのベッドにモモを寝かせて、エーコは桶の綺麗な水につけていた布を絞って、モモのおでこにそっと置いた。
「ごめんねエーコ……」
エーコに急いで寝室に運ばれる間、モモは謝ってばかりだった。ここしばらく激動の日々だったからかもしれない。医者に診せなきゃという考えが一瞬よぎったが、医者に頼れる身分でもない。しかもそれらしい人間がいても、昨日までに魂を狩ってしまっていたと思う。
先程まではめちゃくちゃうろたえていたが、脈は正常だし熱もさほどでもない。今日まで疲れたしなぁ……横たわるモモを見て、エーコは少し反省した。自分は死神になって病気をしなくなったが、『分霊化』しているとはいえ、モモは違った。もっと労らなければいけなかったのに。
「アタシの方こそ、ごめんなさいモモ。アタシのペースで考えちゃダメだった。はいこれ薬。苦いと思うけど我慢して飲んでね」
そう言って、さっき見つけた薬箱の中の粉薬を差し出す。この世界の薬のことは詳しくなかったが、薬師の部屋に説明書が置いてあって助かった。恐らく高齢の領主が一人でも薬を間違えないようにしてあったのだろう。モモは薬を口に含むと、少し顔をしかめただけで、何も言わずに水で流し込んだ。すると、またボロボロと泣いた。
「ごめんねエーコ……モモがいるせいで、エーコを困らせてばかり。うみっていう場所にも一緒に行きたかったのに」
「別にいいって。また今度、いくらでも機会はあるわよ」
「せっかくお城に住まわせてくれたのに、エーコにちっとも恩返しが出来てない。エーコがやりたいこと、たくさんあったのに。役立たずでごめんなさい……」
はぁと息を吐いて、エーコは濡れタオル越しにデコピンした。
「……いたい」
「あのね、モモ」
「アンタを拾ったときから、こういうことがあるかもって覚悟はしてたわよ。大丈夫。どんなことがあっても、アタシはモモを見捨てたりしないから」
「エーコ……」
それに、と付け加える。
「モモ、昨日アタシに言ったわよね。『いっしょなら楽しい』って。アタシ……私もそう。モモがいるから、化け物みたいな自分を忘れていられるの。だから自分を卑下するの、止めなさい」
するとモモはますます頬を染めて、声も出さずに涙をぽろぽろとこぼし続けた。
「ありがとう、ごめんね。本当にありがとう、エーコ……」
そのまましばらくモモは泣いていたが、いつしか寝息を立てていた。エーコはふぅと息をついて、モモの大きな首輪をなぞった。チャリンと音を立てる鎖を手に、
(ごめんね……か。それは私の方だよ、モモ)
まだ貴方は気づいてないでしょうけど、もう貴方も私の共犯なのよ……
ノイスヴェンセン城での暮らしがいつまで続けられるかは分からないが、少しでも長く……いや、もうこの子が戦うことがないようにしなくてはならない。城から見える外の日差しが傾く。エーコはそっとモモの隣に身を滑らせて、身体を横たえる。モモの身体を左手でポンポンと叩きながら、エーコもいつしか眠りに落ちていった。
+++++
目が覚めた。部屋には魔力灯が灯っている……夜になったらしい。
「モモ……?」
隣を見ると、そこに愛する人の姿は無かった。
「っっ!! モモ!?」
寒気がして跳ね起きると、
「……あ、エーコ。起きた?」
ベッドの横の灯りの下で、絵本を読んでいるモモの姿を見つけて、エーコは盛大に溜息をついた。
「モモ……あなた病人なんだから、寝てないとダメでしょう?」
「大丈夫。もう熱も無いみたいだから、起きてエーコと一緒に――」
言い終わる前に、エーコはモモを抱きしめた。
「アタシのことを思うんだったら、今日一日くらいは安静にしてて。お願いだから……モモが死んじゃったらどうしようって心配なのよ……」
「エーコ……ごめんなさい」
モモはしょんぼりして、エーコの肩に顎をのせた。自分の髪を撫でるエーコの手をそっと取って、
「死ぬって怖いね。でも……モモはエーコと一緒だから怖くない」
「バカ。死ぬ心配なんて、もうしなくていい」
「ねぇエーコ。私が死ぬ時、魂はエーコにあげる」
そんなことを口にした。
「私の魂、美味しいといいなぁ……キレイなまま、エーコに食べられたいなぁ」
エーコは何だかとても温かな感情を抱いた。空っぽの自分に、こんな感情が宿るのが不思議だった。
「……海には行けなかったけど、キレイなものなんて、まだまだあるわよ。そう、例えばこういうの――」
エーコはガウンの上から夜空のローブを羽織る。魔力灯のスキルを使って、三つ四つ、色違いの光を宙に浮かべる。灯りがゆっくりと部屋を回り始める。
「わぁ……」
「まだあるわよ」
足場を展開する。今日の足場は跳ねるのではなく、魔法陣の灯りだけを使う。宙に浮く光を更に増やして、青い光でさらに明るくライトアップ。灯りは妖精みたいに部屋の中をゆらゆらと浮遊して、ときに素早く、ときにゆっくりと緩急をつけて部屋中を飛び回る。青い炎と黄色い炎、そこに揺らめく赤い炎。まるでアクアリウムだ。
「……こんな綺麗なもの、見たことがない。ありがとうエーコ。世界って、こんなに綺麗なものでいっぱいなんだぁ……」
目を輝かせながら、モモはまた涙をこぼした。昨夜のお風呂でも、今日一日でもこの子はずっと泣きっぱなしだ。それが悲しいからでなく、嬉しくて泣いていることに、この子が気付けるように。
「そうよ、モモ。まだまだたくさんのキレイなものが世界にはいっぱいある。二人で色んな景色を見に行きましょうねぇ」
そう言ってエーコは、先日の虹色の魂を想像した。あんなキレイなものを、この子にもっと見せてあげたい。そのためなら、私は何だって――
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