第16話 『死を呼ぶ厄災』
「酷いな……まるで地獄だ」
ノヴァーク王国第三騎士団長、レナード=マリア・カヴァコスは口と鼻に布を当てて、街の惨状を憂いた。家屋や道路、至るところに遺体が転がって、死体には虫が湧いている。街路では死体の養分を吸った雑草が石畳を押し破って、生い茂っていた。まるで人以外の動植物だけが、息をしているよう。
「……『死神』と呼ばれているらしいな、辺境伯の噂は真実だったか」
ここはノヴァーク王国南、ビルング辺境伯が治めていた街。伯爵は屋敷で全裸の遺体で発見された。二人の侍従も無傷の遺体。争った形跡などはないようだった。
(ビルングは領民を顧みない愚か者だったが……報いとは言いたくないな)
視察に来た馬が、屍肉を貪りに来ようとする獣を警戒して鼻を鳴らしている。かく言う部下たちも、村の惨状に口を抑えている。隣の馬の上でオークニー副団長が、
「最初は第二騎士団の怠慢かと思いました。治安維持の任を、フューン攻めを口実に我らに押し付けてきたのかと……しかし確かにこれは幻獣種などの関与を疑いたくなりますな。我ら第三騎士団に視察させるのは道理です。邪神による神罰、と言われても納得してしまいたくなります」
布を口に当てながらも、冷静に状況を整理してみせる。レナードはそれに応じて、
「しかしこれは、神というより厄災だな。『
「『死を呼ぶ厄災』……ですか。たしかにこれは災厄といっても過言ではありますまい」
『死神がいる』――初めてその報告を聞いたのは一ヶ月ほど前だ。そして自分が視察の任を受けて、遠路はるばるここに到着したのが今日の午前。しかしこの街が全滅したのは、もっと前だろう。つまり今こうしている間にも、王国民が犠牲になっているやもしれない。
「カヴァコス団長、周辺を調べましたが、幻獣種などの痕跡はありません」
遠くの集落に偵察に出していた部下が戻って報告する。レナードは『ご苦労』とだけ返して、部下の労をねぎらった。普通幻獣種――ドラゴンなどの大型幻獣種による災害では、匂いや足跡……痕跡があるものだ。街を横切った時にそれらが見当たらなかったことから、概ね察していた。
「南国、星神国にある火山周辺で吹く『毒の風』、その類いに似ているが……」
「自然災害だと?」
「いや……被害がどうにも偏っている、これは災害ではない。何か意思のようなものを感じる」
「意思、ですか」
副団長が首を傾げる。そうだ、この殺戮には人為的な何かがある。魔導士の集団による犯行? いやそれならどこかに魔力の残滓が残っている。索敵を命じた騎士団の魔道士から伝令。どこにも術式の痕跡は見当たらないということだった。
「新種の疫病や、魔族や天使種族の呪いではないのですか?」
「それも考えにくい。疫病なら王都や周辺国にも患者が現れるはずだ。上位種絡みの災害ならば、真っ先に元老院が我々の元へ討伐要請を出しているだろう。第三騎士団の予算など、すぐにでも減らしたいだろうからな」
全くですな、と周りの部下たちが笑えない冗談を聞いたように答える。レナードの第三騎士団は対人戦争には派兵されない。英雄の勲章などとは、縁遠い集団だった。レナード自身はそうでもないのだが、第三騎士団全体の名誉のため、己の栄誉は意識していなかった。
「しかしこれだけの殺戮を……どんな集団が行えるというのだ……?」
レナードは馬から降りて、死体を検証してみる。いやにキレイな遺体だ――腐っているが、外傷などは見当たらない。レナードは昔祖母に語ってもらった絵本を思い出した。そう、おとぎ話に出てくる『死神に魂を抜かれてしまう』人々の話だ。
(集団の犯行と見るのが妥当だが……何か妙だ。遺体からは『何も奪われていない』。違法魔導士の集団なら、必ず意図がある。しかし、この村からは合理的な意図を感じない。まるで『魂を抜き取る』ことにしか興味がないようだ……)
胸騒ぎがした。この厄災が、これから先の自分の運命を変えてしまうような……嫌な予感だった。
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