#03 元悪役女子高生の、涙
第12話 捨て狼は、死神の夢を見る
『アンタ、もういらないから。別れましょ』
最初に会った時とは違う制服――ちゅうがっこう?――を着たエーコが、知らない街で知らない男の人に、そう言い放っている。私の知らないエーコ……あぁ、これはエーコの昔の夢だ。エーコの冷たい声を聞いて、金色の髪をした男の人はうろたえた。
『なんでよ、浮気とかしてないよオレ? 何か瑛子ちゃんの気に障ることした? こないだのホテルのディナーだって瑛子ちゃん喜んでたじゃん!』
男の人が言い訳を並べ始めると、エーコは手元の板――すまほ?――をいじりながら、
『考えてみたら大学生が中学生に向かって愛してる、なんてロリコンじゃん。それがイヤになったの、受験もあるしね。じゃあ、もう連絡してこないで』
そう言ってエーコは、呆然とするその男の人に背を向けて、大きな建物が立ち並ぶ街の光の中へ去っていった。
(愛してないのに、一緒になろうとしたの? 『あいしてる』って、エーコが私に言ってくれた言葉。でもこの人への『愛してる』と私の『あいしてる』は違う……だって)
歩き始めたエーコは、とても淋しそうな暗い目をしていたから。たまに見る、何も無い遠くを見ている顔。そうか、この男の人はエーコの『かなしい』と『からっぽ』が分からなかったんだ。
どうしてモモがこんな夢を見るんだろう。そう思った瞬間、目が覚めた。
(……また変な夢)
モモはベッドから身体を起こして、くぁと欠伸をした。エーコと一緒になってから、欠伸をしても怒られないから嬉しい。食べるものもあるし、汚いことからも離れられる。同じベッドで眠っていたエーコは、とっくに起き出して出かけていた。
(私はしあわせだなぁ。エーコは朝ごはんを取りに行ってる。私も支度しなくっちゃ)
王国にいたときの暑さはもう吹き飛んで、この北の国は涼しい。先日の襲撃から何日か経った朝。モモはいつものように宿場にある水車で顔を洗って、ブラシで歯を磨く。朝食の準備をした後、
(食べるのはエーコと一緒。先に『戦う練習』をしておこう)
宿から外へ出て、麻縄を巻いた丸太の前に立った。自分の手と足にも防具をつけて、モモは丸太に向かって素振りを始めた。最小の動作で、最短の動きを出せるように。ゆっくりとした動作で、身体に動きを覚え込ませる。
(エーコは何でも知っている。戦うことも、世界のことも)
ここは北のフューン・オーデンセ大公国の大きな城を見下ろす村の一つ。あの襲撃からしばらく、エーコとモモはその村の外れに滞在していた。
『あのお城をアタシたちのものにしようと思うの。モモも戦えるようになったし、自分の身は自分で守れるようにした方が良い。アタシを手伝ってもらうこともあるかもしれないから、練習しておこうね』
エーコの望みを叶えたくて、モモは戦う練習を教わり始めた。朝は戦う練習、お昼には遊んだり、読み書きの練習をする。エーコが『分霊化』という力で自分を『青い狼』にしてくれてから、何だか物覚えが良くなった気がする。字がきちんと読める。本を読んでいても、前ほど突っかからなくなった。
(私もエーコみたいになれてるのかなぁ。あの炎は……出すとエーコが疲れちゃうみたいだから、練習の時は使わないでおこう。でもいつでも戦えるように)
丸太に手や足を叩きつける。スローの動作から、徐々にスピードを上げて。練習しながら、モモは朝の夢を思い出す。昔のエーコの夢を見ることも、これが始めてじゃない。たくさんの友達と一緒に遊ぶエーコ、何人かの男の人に好きだと言われて、ぎこちなく笑うエーコ。
(エーコには恋人がいた? 別れちゃったの? 何で?)
自分以外の人に『愛してる』と言うエーコ。でもどれだけ友達がいても、『愛してる』を言われても、エーコの心は満たされていなかった。
(私は、どうだろう。私はエーコを満たせているのかな?)
自分以外の人に『愛している』なんていうエーコを思い出して、モヤモヤする。この気持ちをエーコに話そうとも思ったが、頭を振る。最初にエーコに夢の話をしたら、とても嫌な顔をさせてしまったから。
(モモは、エーコを悲しませない)
きっとそれが『愛』なんだろう。そう思っていると、気配を感じた。空を仰ぐと、エーコが帰ってきた。かごに野菜やらチーズやらを載せて。エーコが丸太の傍に降り立つと同時、
「おかえり、エーコ!」
モモは笑顔で愛する人を出迎える。エーコはいつものように微笑んで、
「ただいま、モモ。練習してたのね、えらいわ。でももう朝ご飯にしようねぇ」
モモはエーコのかごを一緒に持って、宿へと入っていった。今日も穏やかな時間が始まる。
+++++
「いい? ローブも爪も全部出さなくていいの。少しずつ炎を出して、尻尾に集中していくイメージで……」
モモのローブがゆらぐ炎のようにゆっくりと尻尾の形を為していく。必要なだけ、最小限の魔力で最大の効果を発揮できるように。空腹感を覚えながら、エーコはモモにスキルの手ほどきをしていった。魂は十分食べたはずだが、まだ足りないくらいの空腹感が残っていた。
(……いつもよりお腹が空くのが早い。この子の魔力分もアタシが補う必要があるのか)
万能だなんて思っていた、スキル『死神』の思わぬ副作用だ。どうも『青い狼』は自分の魔力と直結しているらしい。モモが全力で炎を出していると、エーコに少し疲れが生じる。燃費が悪くなっている……今までより、食事の回数は増やしたほうがいいか?
(モモにも戦闘経験を積ませるべきねぇ。もっと効率的に魔力を使う方法を教えないと、アタシのほうが生命力切れになる。大きい戦いは次で終わりにしたい……モモを戦わせるのは、それが最後)
遠くに見えるシンデレラ城みたいな建物――ノイスヴェンセン城を見やる。
「あそこのお城が手に入れば、アタシたちはお姫様みたいになれる。そのためには、きちんと準備しないと」
「もう旅はしないの?」
「……上手くいけば、ね。そっちの方がモモも気楽でしょ」
旅もいいが、本当は自分がこの子と一緒にゆっくりしたいだけだった。ここしばらくは、午前に戦闘のトレーニング。午後には、絵本を読んであげたり、自分の知っている知識をモモに教え始めていた。昼食を取った後、小屋のベッド脇に座って、エーコは本を広げる。
「炎っていうのは、精霊が出しているモノもあるけど――結局は風の成分と混ざり合うことをいうの。『酸化』っていうんだけどね」
「炎は風。そうなんだぁ……」
勉強はキライだったけど、教える度に目を輝かせるモモを見るとそうも言えない。エーコは『学校の知識はバカに出来ないな』と思い始めていた。
(別にアタシ、勉強が好きだったわけじゃないし。むしろこっちに来てから必死になったくらい。こんな時スマホがあればなぁ……)
あの文明の利器を、何回も渇望する。地図や天気、各地の出来事に知りたいことの検索など……スマホがあれば、この世界を渡っていくのにどれだけ便利になったことだろう。
(無いものはない。仕方ないけどねぇ……南にある『星神国』ってところはもうちょっと文明が進んでるみたいだけど)
そういえば、こないだの戦闘でも傭兵が口にしていた。また寒くなってきた頃にでも行ってみるのもいいかもしれない。
「ねえエーコ、空ってなんで青いの? 私の炎と同じ?」
「あぁ、炎の青と空の色は違うのよ。あれはたしか……」
ちょっと詰まる、何だったか。『エーコはすごい』なんて目を輝かせるモモに見栄を張りたかったのもあるが、
「それは今度のお楽しみにしようねぇ」誤魔化してしまった……うかつに口にすると、嘘がバレそうなので困る。モモだって自分と同じで、隠し事が出来ない。エーコが相方の顔を覗き込んでみると、モモはビクッとして目をそらす。やっぱり、今日は朝からちょっと距離がある。
「ねぇモモ。今日はどんな夢を見たの?」
「あぅ……」
モモがバツが悪そうに目を伏せる……また自分の記憶を見ちゃったのか。
「多分『分霊化』の影響ね。モモの『青い狼』の源はアタシの魔力だから、記憶がモモに流れて行っちゃってるのかもね」咎めていないことを知ってほしくて、モモの頭を優しく撫でた。銀色の髪を軽く梳いて、頬に触れる。小屋の中の柱時計の時間は、もう夕暮れの時間だ。ノヴァークではもうすぐ夜だが、この北国ではまだ日は高かった。
「大丈夫、前みたいに大きな声を出さないわ。モモには隠し事、したくないからね」
努めて優しく言ってみた。するとモモはおずおずと、
「……金髪の男の人が、サヨナラされてた。エーコが淋しそうで、モモはイヤだった」
そう言って、モモはベッドに腰掛けたエーコに身体をもたれかけた。モモの体温がじんわり伝わる。
「そうねぇ。前のアタシは友達はたくさんいたし、付き合った人もいたけど、全然満たされなかった。ずっと心が冷えて、空になってた」
「だったらモモがエーコの炎になりたい。そうすればエーコは寒くない」
「火傷しそうだから、それは遠慮するわ」
冗談っぽく、くすっと笑ってみせる。ずっとこんな時間だけを過ごせたらいいのにな。
「エーコは色んなことをモモに教えてくれる。でも、戦う練習はどうして知ってるの? モモが見た夢だと、エーコは戦わなくてもいい街に住んでるみたいだった。エーコはどこで戦いを覚えたの?」
少し躊躇する。戦いの方法……それはこの世界に来てから覚えた。あの人生で一番厳しかった三ヶ月。必死に習って、必死についていって。そして……
「アタシに戦いを教えたのは、同じ世界から来た人。あの男……アイヴズ先生。そうね――この際だから、先に教えちゃおうか。モモがまたアタシのことを夢に見て、不安な思いをする前に」
窓から外を眺める。日が落ちるまで、まだ時間がある。
「アタシの恩人、先生の名前はエドワード・アイヴズ。元異世界転生者で、ノヴァークの隣ユーマンスって国で『英雄』って呼ばれて……救った国を追われた人。そして……アタシは最期に、この手で彼を殺したの」
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