第2話 死のう交渉、まだまだ続くでござる!
「はぁ!? “死のう交渉”ですって?」
その声は、図書室の静けさを一撃で切り裂いた。
教科書の横でウトウトしていた僕も、思わず顔を上げた。
そこに立っていたのは、制服の上に何故か陣羽織を羽織った、女子剣道部の黒羽 凛。その服装、校則違反じゃないの?
目元は涼しげなのに、放たれるオーラはなぜか時代劇。
どう見ても“時代錯誤”なのに、なぜか誰も否定できない圧を持っていた。
「“士”とは武士! 武士とは誇り! それを“死のう交渉”などと……貴殿、よもや命知らずではござらぬか!」
そう詰め寄られていたのは、当然、彩音。
「えっ……あっ、なんか、ごめん?」
「ごめんでは済まされぬ! 武士はネタではないのでござる! しかも“死のう交渉”とは何ぞや!」
「えっと……武士が命がけで話し合う制度、みたいな?」
「どこ情報でござるか!?」
「脳内……?」
凛が刀――の形をした定規を抜きかけたのを見て、僕は慌てて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待って! お互いの立場には立場の良さがあるし! 歴史ってのは多面的に……あの……」
言いながら、なぜか死のう交渉の仲裁をしていることに気づいた。
なんだこれ。
◆
その日から、彩音 vs 凛の奇妙な抗争が始まった。
廊下ですれ違えば、
「“士”が一番って考え方がそもそも固定観念だと思うんだよね〜」
「ならば“死のう交渉”が正しいという証拠を持参してから申されよ!」
文化祭実行委員会の掲示板には、いつの間にか勝手に“士農工商の再評価をめぐる討論会”のポスターが貼られ、
図書室の蔵書購入要請リストには『江戸の身分制度再考』『武士の精神文化』『交渉学入門』などのタイトルが並んだ。
そして、当の僕は――
両方に相談される係になっていた。
「ねぇ、武士って実際は農民より下だったって説もあるんだよ?」(彩音)
「この論文をご覧あれ! “武士”とは精神的上位であることが重要とされ……」(凛)
「うん……あの、僕、現代人だから……」
「「黙れ」」(両者)
現代人、話す隙もなし。
◆
そんなある日、三人で登校中、ふいに彩音が口を開いた。
「でもさ、“死のう交渉”って、けっこう良い意味じゃない?」
「……どのように?」
「命がけで話し合うって、ちゃんと向き合うってことでしょ? それって、恋とかにも必要じゃん?」
僕と凛は同時に沈黙した。
「え? どうしたの、二人とも急に静かになって」
「……貴殿、またしても戦場を開こうとしておるな?」(凛)
「ま、まぁ、話し合い、大事だよね……うん……」
鼓動が、なんだかやけにうるさかった。
◆
放課後、図書室で借りた本を返しながら、凛がポツリと言った。
「拙者、昔から笑われるのでござる。“語尾がござる”とか、“真面目すぎ”とか。だが、武士の誇りは譲れぬ」
「うん。笑わないよ。……むしろ、そういうの、かっこいいと思う」
凛は少し驚いた顔をして、それから小さく笑った。
「……ならば、“死のう交渉”にも少し寛容になるべきでござろうか?」
「いや、そこは戦ってもいいと思う」
「やはりな!」
図書室の奥でまた笑い声が響いた。
こんな日々が、まだしばらく続きそうだ。
“死のう交渉”は、まだ終わらない。
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