【第26話】自己表現と親しみの狭間『功陽と貴宗編』
黄昏学園の中庭には、その日、いつもとは少し違う空気が漂っていた。
正午を過ぎたばかりの穏やかな日差しが、木々の合間を縫って芝生に光の模様を描いている。その中央に設置された奇妙な“ステージ”――と言っても、机とパーテーションとカラーコーンを積み上げた功陽お手製の即席舞台――の上で、彼は今、得意げに演説をぶっていた。
「皆さん、見てください! これが“表現の自由”の極地、僕の
周囲の通行人たちは足を止めるでもなく、むしろ避けて通っていた。
ただ一人、貴宗だけが飽きることなく眺めていた。というか、あぐらをかいて床に座りながら、ポップコーンまで用意していた。
「……うんうん、やっぱ功陽の暴走って、午後の退屈な授業前にちょうどいい目覚ましだよな~」
「解釈の仕方がポジティブすぎて涙出そう」
功陽は袖を翻してポーズを決めたが、風に煽られて頭のゴーグルがズレた。
「いたっ……! むむっ、舞台装置がまだ改良の余地ありだね……!」
「いや、まず“それを舞台って呼ぶ勇気”に拍手したい」
功陽の
その日彼が創り出していたのは、“誰にも真似できない自分だけの演出空間”。
だが、観客はゼロ。正確には、常連客の貴宗ひとり。
貴宗の方はというと、功陽と正反対の
つまり、彼は“その場にいた感覚”を完全再生できる男。
そんな貴宗が、功陽の演出を繰り返し楽しむ理由は明白だった。
「いやー、やっぱ功陽の“自分しか分からない自己表現”、クセになるよ。意味不明なときほど味わい深いし!」
「それ、褒めてるの? 殺してるの?」
「むしろ煮込んでる」
そんなふうに一見楽しげな関係を築いていた二人だが、実はそれぞれ内に“ある違和感”を抱えていた。
功陽は、貴宗の“誰とでも親しくなれる天性の気安さ”に、どこか苛立ちを感じていた。
(いいな……貴宗は“分かってもらおう”としなくても、自然と人が寄ってくる……俺は、いつも“分かってくれ!”って叫ばなきゃ、誰にも届かないのに)
一方、貴宗も思っていた。
(功陽って、なんでこんなに“表現に命かけてる”んだろ? 俺なんか、感覚で察して流すのが普通になってるのに。逆に“そんなに表現したいこと”って、何?)
午後の授業が終わったあと、ふたりはいつものように中庭のベンチに座っていた。
夕暮れが近づくと、学園の影が長くなり、セミの声と入れ替わりに虫の音が聞こえ始める。
沈黙が、珍しく、重かった。
「……ねえ、功陽」
貴宗が先に口を開いた。
「お前ってさ、そんなに必死に“自分”を見せたいの、なんで?」
功陽はぴくりと反応した。
「え、それって、俺の表現がウザいってこと?」
「違う違う、そうじゃなくて。……なんか、昔から見てて思ったの。功陽って、“見せたい自分”を全力で作って、ぶつけてくるじゃん? 俺はそれ、好きだけどさ……正直、ちょっと分かんないときもある」
功陽は、黙った。
そしてしばらくしてから、ぽつりと呟いた。
「……俺さ、小学校のとき、めっちゃおとなしかったんだ。喋るのも苦手でさ、友達もうまく作れなくて。でも、一回だけ、“工作で作った装置”をクラスで発表したことがあって……」
貴宗は相づちを打たず、ただ黙って聞いていた。
「そしたら、みんなが笑ってくれた。“意味わかんねー!”って、“でも、面白い!”ってさ……それが、たぶん、最初の“届いた”感覚だった」
その声は少し震えていた。
「それからなんだ。“分かってもらうには、自分を“形”にしなきゃ”って思ったの。“気持ち”とか“空気”とか、そういうの、俺にはよく分からなかったから……」
貴宗は静かに頷いた。
「……そっか。だから、“見えるもの”にこだわってたんだね」
「俺の表現、いつもズレてるって思う。伝わらないことも多い。でも、“伝えたい”って気持ちだけは、本気なんだよ」
「知ってるよ」
貴宗の声は、すごく、柔らかかった。
「……俺さ、逆なんだ。あんま考えないで“感じて”動くほうが得意でさ、細かく表現することって、逆に怖い。言葉にしたら壊れそうなものって、あるでしょ?」
「あるな」
「でも功陽は、それを言葉や装置や舞台にするじゃん。あれってすごいなって、ちゃんと思ってた」
功陽は目を丸くした。
「……え、じゃあ、俺の演出、ずっと“迷惑じゃなかった”の?」
「逆に、俺の感覚センサーを鍛えるトレーニングになってたかも」
「それ、どういう褒め方!?」
「褒めてるよ、めっちゃ」
ふたりは顔を見合わせて、思わず笑った。
その瞬間、空気がほどけた。
それは、“分かり合えなかったこと”が、“分かろうとしてたこと”に変わった瞬間だった。
「でもさぁ、功陽」
貴宗が木の枝をつまんで、ぴょいと投げた。地面に落ちて、カランと乾いた音がする。
「俺、最近思うんだよ。“人と仲良くなる”って、別に“共感”がいるわけじゃないんじゃないかって。むしろ“違ってる”ことが前提で、でも一緒にいたいって思えるのが、たぶん一番いい関係なんだろうなって」
功陽はそれを聞いて、ふっと小さく笑った。
「なんか……それ、すごく救われるわ。俺さ、つい、“分かってもらえないと意味がない”って思い込んじゃってたからさ。自分だけの世界に浸ってたら、それって結局、誰の心にも届かないのかもって……」
「いや、それは違うよ。功陽の表現って、“分かんないけど、なんかいい”ってやつじゃん? 感覚派にとっては、その“なんか”が一番大事なんだよ」
「うわ、いまの名言すぎない? どっかに刻もうぜ。“なんかが大事”って」
「いや、雑すぎるだろそれ」
ふたりはそんな風に笑いながら、並んで歩き出した。
その後ろで、ちょうど黄昏時の鐘が鳴る。オレンジ色の光が、学園の建物に長く影を落とす。
「なあ、功陽」
「ん?」
「次の演出、俺と一緒にやらない?」
功陽が目をぱちくりとさせる。
「えっ……貴宗が、“舞台に立つ”ってこと?」
「いや、表現は功陽がやっていい。俺はその“空気”を調整する。“観客がどう受け取るか”のほうを、俺が感覚で調整する」
功陽は、それを聞いて目を見開いた。
それは、彼にとって“誰かと一緒に表現する”という、新しい扉だった。
今まで彼は、“自分だけの世界”を作ってきた。“理解されない”ことに傷つくくせに、最初から“他人の手”を拒んでいた。
でも貴宗は、そうじゃない。
“違うことを恐れないで、重ねていく”という提案だった。
「……それ、やろう。めっちゃやろう! 世界初の“自己表現×感覚同調”のコラボ舞台、爆誕じゃん!」
「うん、タイトルは“なんかが大事”でいいよね?」
「さっき散々雑って言ってたやつだろそれ!」
ふたりはもう、止まらなかった。
その夜、旧体育館の一角で、“密かなる初リハーサル”が始まった。
ステージ中央に功陽の《自己実現》で即席装置を組み立て、貴宗は観客席のあちこちを歩きながら“空気のチューニング”をしていた。
「ここ、照明が強すぎるとプレッシャー感が出ちゃう。少し色温度下げよう」
「ほう、じゃあ僕が照明の光源を“朝焼けの幻影”にしてみよう」
「おお、目に優しい! しかも雰囲気が幻想的に!」
そのうちふたりは、言葉より先に手と表情だけで意志疎通ができるようになっていった。異能の相性が極端に良かったのだ。
俊輔と麻友菜がたまたま通りかかり、こっそり覗いた瞬間――
「なにこのふたり……息ピッタリすぎて、どっちかプロポーズするんじゃないの?」
「ざっくり言うけど、夫婦漫才より完成度高いねこれ……」
舞台の上では、功陽が叫んでいた。
「この装置は、“目に見えない違和感”を“光のパターン”に変える! 見てくれ! これが、“共感と誤解の間にある、僕らの妄想劇場”だ!!」
観客ゼロ、でもふたりは爆笑していた。
舞台の端で貴宗がぽつりと呟いた。
「やっぱり、俺こういうの好きだわ。“分かりにくいけど、伝えたくなる気持ち”ってさ、あったかいから」
功陽がうなずく。
「じゃあ、これからも一緒に“意味不明なあたたかさ”を届けていこうぜ」
「うん。“意味不明な親しみ”って、ちょっといい言葉かも」
そんなふたりの背後で、再び黄昏学園の鐘が鳴った。
きっとこれからも、功陽の“熱量”と貴宗の“空気感”は、かみ合ったり、ズレたりしながら、誰かの心に“なんかいい”を届けていくのだろう。
それが、ふたりにとっての“表現”であり、“友情”だった。
(第26話『自己表現と親しみの狭間』完)
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