【第15話】マニアック・トラップ『梢永と碧季編』
黄昏学園・西棟地下倉庫。一般の生徒は立ち入り禁止となっているその場所で、今日もまた、奇怪な囁き声と謎のガサゴソ音が鳴り響いていた。
「見つけた……ついに……“初版・非売品・月刊異能タイムズvol.0・特別付録付き”……!」
小さな声と共に、埃を被った棚から姿を現したのは、梢永である。三つ編みに揺れるレンズ越しの眼が異様な光を放っていた。
「これで……“特集・禁じられた異能たち”がコンプリートだわ。ああ、あと“異能時代のスプーン進化史”だけ……いや、こっちが先か……」
棚の前で正座しながら念仏のように呟くその姿は、異能学徒というより“文化系祈祷師”に近かった。
そこへ、もう一人のマニアが現れる。
「遅い。約束の時間は三分前だった」
「……碧季、秒単位で記録してるの?」
「当然。待ち合わせは精度が命。早すぎず遅すぎず、目的の一点に収束させるのが理想」
碧季はコレクターであると同時に、徹底した“均衡主義者”であった。行動は常に一貫し、スケジュールは分単位で管理されている。そんな彼女が、唯一スケジュールを乱すほどの情熱を注ぐもの――それもまた“収集”であった。
今日の二人の目的は、かねてから噂に聞いていた“学園七不思議・第6.5番”――《幻の教科書・異能力実践基礎》の探索だった。
「伝説によると、“異能教育黎明期”に発行されたが、内容が実践的すぎて学園長に没収されたまま忘れられたらしいの。もしそれが本当にここにあるなら……!」
「即、回収。保存状態次第では二段階パッキングを要請」
「熱が入ってるわね……」
「当然。これは私にとっても“収集の義務”」
二人は手分けして探索を始めた。棚の一段一段を丁寧に確認し、奥にしまわれた段ボールを一つひとつ開けていく。
「これ、“校内標語ポスター1999~2009年版”……妙にアナログ……」
「『異能より挨拶』『信じる心はテレパス超え』……地味に名言が多い……」
「でも目当てはこれじゃない……あ、これは……違う、これは……え? これ、貴宗の幼少期のアルバム?」
「即返却」
謎の資料にまみれつつ、彼女たちは深く潜っていく。
そして――それは、床下の収納ボックスにひっそりと存在していた。
「……あった……!!」
「間違いない。“異能力実践基礎”……しかも手書き装丁。コピー防止用インク……本物ね」
二人は息を呑んだ。
だが、その瞬間。
ガチャリ、と扉の鍵が閉まる音がした。
「……え?」
照明が消える。まばたきの間に、視界が漆黒に沈んだ。
「梢永、これは?」
「え? え? 私じゃない、電気のスイッチなんて触って――」
ブブブ、と機械音が鳴る。耳障りなノイズと共に、スピーカーから機械音声が響いた。
《異能セキュリティ・レベル5発動。“過去に発禁指定された書物へのアクセス”が感知されました。解除には以下の謎を解け》
「ええええええええ!?!?」
二人は顔を見合わせた。
まさか、学園がこんなガチガチに封印しているとは。
「でも、なんで音声がこんなに昭和風味なの……?」
「それより、謎って……何?」
スピーカーの音声が続く。
《問題:初代学園長が“もっとも信用しなかった異能”とはなにか? ただし、該当資料はこの部屋のどこかに隠されている》
「えええ……謎解き型セキュリティ!?」
梢永は震える手でノートを取り出した。
「……でも、燃えるわ。これって……もう、完全に“知識型トラップ”……!」
「一問一答型異能密室。……私は嫌いじゃない」
「よし、全力で挑もう!」
「……その前に、これ。非常食」
碧季がバッグから“携帯保存食スティック(ミルクティー味)”を差し出す。
「完璧すぎる……!」
二人は資料をかき分け、謎解きに挑み始めた。
“発禁指定異能一覧”“初期教育記録”“学園長の回想録”……。資料の山はもはや人間を圧倒するレベルだったが、二人の目には光があった。
「知識の迷宮……最高じゃない……?」
「この罠、なかなか良質」
すでに顔がキラキラしていた。
梢永は、倉庫の片隅に積み上がった段ボールの山を前に、興奮を隠せずにいた。
「見て、碧季! これ、“異能倫理綱領・草案版”……“常識の外にいる者たちのための常識”って副題よ! 副題に副題があるタイプよ!!」
「落ち着いて。すでに5分経過。集中力の乱れは判断ミスの元」
「それでも燃えるのよ、この“探究心という名の炎”が……!」
「温度管理、必要」
興奮する梢永と淡々と対応する碧季。この奇妙なコンビの呼吸はなぜか完璧だった。
スピーカーはまだ、機械的な音で繰り返している。
《解除条件:初代学園長が最も信用しなかった異能を、正確な資料に基づいて答えよ》
「初代学園長の手記……あった! あったわ! ここに……えっと……」
“異能に未来はある。だがそれは、“他者との共有”が可能なものに限る”
「……“他者と共有できない異能”……ってことは……」
「おそらく、“自己閉鎖型能力”が対象。たとえば、視界だけに影響する幻覚や、本人しか干渉できない自己増殖型フィールド……」
「碧季、まさか、“俺だけ無敵フィールド系異能”が?」
「有力。初代学園長の思想は“協調と責任”だった。個人の絶対性を忌避していた節がある」
「……つまり、“他人が信用できないから最強になろうとする”タイプの異能は、信頼されなかったのね」
「皮肉。異能に向き合った結果、拒絶された異能もある」
梢永はゆっくり立ち上がった。
「じゃあ、答えるわ。“自己絶対型異能”」
スピーカーが一瞬沈黙し、ピコン、と電子音が鳴った。
《……正解。セキュリティ解除。通電開始》
照明がふわりと灯る。閉ざされていた倉庫のロックが解除された音がした。
「やった……! “知識こそが鍵”だったのね!」
「当然の結果。知識は武器。いや、“万能鍵”」
脱出の余韻に浸る二人の前で、再び倉庫の扉が開いた。
「やっぱここだったか! あれ、なに? 脱出ゲームでもやってんの?」
俊輔がヒョコッと顔を出した。
「うわ、何で来たの?」
「いや、功陽が“二人が地下倉庫で封印本探してる”って叫びながら走ってったから、止めに来たらここ」
「情報漏洩!?」
「功陽くん、喋る前に息吸って!」
そこへ功陽も駆け込んできて、息を切らしながら叫んだ。
「ぼくのスプーン進化史がっ! それ、絶版資料なのにぃぃ!」
「君がそれを言う?」
「梢永が一人で危ない橋を渡るかもって聞いて、駆けつけたんだぞぉ!」
「……泣けるような、泣けないような台詞」
碧季は冷静に資料をスキャンしながら呟く。
「この騒がしさ、嫌いじゃない。収集は孤独になりがちだけど……誰かと分かち合える収穫も、悪くない」
「……え、それ、名言じゃない?」
「今録音した!」
「録音は禁止!」
いつの間にか、全員が笑っていた。
“マニア”と“マニア”が手を取り合い、“知識”と“好奇心”が秘密を暴き、“孤独”が“共有”に変わる。それがこの学園にある、最も平和な異能のかたちだった。
そして、後日――
倉庫から回収された“異能力実践基礎”は、生徒会に提出された後、“非公式部活動資料室”の奥に“閲覧は二人一組に限る”という但し書き付きで保管されることになった。
梢永と碧季は、今も毎週火曜日にその書庫を訪れ、新たな資料を整理しながら、静かに笑い合っている。
《知識は、一人でも楽しい。でも、誰かと分かち合ったときの面白さには、敵わない》
(第15話『マニアック・トラップ』完)
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