【第9話】熱意の生徒会『公孝と裕喜の責任逃れ対決』

 黄昏学園の生徒会室。そこは一般的な「会議と決裁の場」などという平凡な言葉では到底片づけられない、“善意と怠惰が正面衝突する戦場”だった。

「なぁ裕喜、また議事録……空欄のまま提出してんじゃねぇよ!!!」

 生徒会副会長の公孝の怒声が響き、部屋の空気が軽く震えた。対する裕喜は、机に頬杖をついたまま、まるで“これは地球の引力の問題です”とでも言わんばかりに眠そうな目をしていた。

「え? いや、フォーマットだけ提出したんだけど? 偉くない?」

「偉くねえ!! 議題が“(未定)”、議論内容が“特になし”、決議事項が“なるようになる”ってなんなんだよ!!」

「まぁ……実際、なるようになってるし」

「それを! 言っちゃ! おしまいだろうがァァァッ!!!」

 ドンッと机を叩いた公孝の拳がわずかにめり込む。異能の一種、彼の“行動強化”が発動しかけていた。やる気スイッチが入ると何でも“倍速以上”で取り組むせいで、机が砕けたりノートが発火したりという被害が過去にも報告されていた。

 一方の裕喜の異能は“直感操作”。あらゆる選択肢の中から、「一番面倒くさくない道」を瞬時に嗅ぎ分け、選択してしまうという、ある意味“責任回避能力”の極みだった。

「そもそもさ、公孝はやりすぎなんだよ。昨日の“落とし物管理表”とか、なんで石ころまで記載してんの?」

「石だって誰かが拾って持ってきたなら、意味があるに決まってんだろ!!」

「じゃあ聞くけど、誰が“ツヤのある小石(濡)”を探しに戻るんだよ。書く方が労力じゃん」

「意味があるかどうかじゃない!! 意義があるかどうかだ!!」

「それ、哲学か何か?」

 生徒会室の端では、俊輔が椅子に座ったまま無言で顔を覆っていた。彼は“外部監査員”という名目で呼ばれたものの、到着から5分で「関わったら損だ」と悟って沈黙を貫いていた。

「――ってことで、今回の校内掃除当番表についても!」

「やっぱ出た……」

「“委員以外にも全員参加を促すべき”って提案したのに、裕喜が勝手に“全員免除”って紙貼り替えやがったよな!!」

「だってさ、それぞれの“美意識”で掃除した方が校内が綺麗になると思ったんだよね」

「論点すり替えてんじゃねぇ!!」

「え? じゃあ公孝は、全校生徒の雑巾の拭き方を監視するの?」

「それは、チェックリストを――って、うわああああああ!!」

「ようやく気づいた?」

「違う! 俺は……違うんだ……!」

 天井を仰いだ公孝の目に、うっすらと涙が浮かんでいた。情熱を持って物事に取り組むがゆえに、真面目すぎるその姿勢が時に空回る。だが本人にとっては、それが“誇り”でもあった。

「俺はさ……“責任ある立場”ってのは、たとえ嫌われようと、誰かがやらなきゃいけないと思ってるんだよ……!」

「うんうん。俺はその“誰か”じゃない側だから、応援してるよ」

「だからお前はァァァァァ!!」

 ちょうどそのとき、ドアが静かに開いた。入ってきたのは学園理事の秘書役でもある碧季だった。制服の襟は整い、手に分厚いファイルを抱えている。

「失礼。生徒会定例報告書の回収に来ました」

「わあ、タイミングが最高に最悪!!」

 俊輔がぼそっと呟いたが、碧季は動じない。むしろ平然と報告書を開いて内容を確認し始めた。

「ふむ……。“近日の活動報告”が“日々努力してます”の一文だけ。しかも手書き」

「いや、そこはシンプルが一番かと……?」

「……“努力”の定義とは?」

「ちょっと哲学のレベル高すぎませんか!?」

 その瞬間、生徒会室に冷たい風が吹いた気がした。




 生徒会室の空気は氷点下寸前だった。碧季が「努力の定義とは?」と告げたその瞬間、誰もが思った。

(やばい、これは“理性で切り刻むタイプの圧”だ……)

 公孝は直立不動、裕喜は椅子を180度回転させて逃走準備、俊輔は机の陰に顔を伏せて動かない。

「……努力、とは」公孝が真面目な顔で語り出す。「個人が何かしらの価値を見出し、それに向けて行動を繰り返すことを指すのでは?」

「曖昧です。“何かしら”が不明確。“行動を繰り返す”とは、具体的に何回から努力と認めますか?」

「10回……いや、継続の意思があれば、回数は問題では……!」

「つまり、何もしていなくても“意思がある”だけで努力と?」

「違う、そうじゃない!!」

 言葉を重ねるほどに自分の墓を深く掘っていく公孝。焦る彼の背後で、そっと裕喜がボソリ。

「……こういうときは、“感じてください、俺の努力”って言っとくと、逃げ切れるよ」

「お前は黙ってろ!!!」

 混沌のなか、突然、碧季が表情を崩した。――笑ったのだ。わずかに、口元が緩んだ。

「……なるほど。今日の報告は“混乱の中で責任と怠惰の相互作用を確認”ということで記録しておきます。では、次回までに議事録を正しくまとめて提出してください」

 そう言い残し、生徒会室を去る碧季。ドアが静かに閉まったその瞬間、全員がどっと崩れ落ちた。

「ひぃ……心臓に悪い……」

「……でも、なんかあの人、ちょっとだけ楽しそうだったよな」

「楽しみ方が狂気じみてるんだよ」

 ようやく息を整えた俊輔が呟いたころ、再び公孝が姿勢を正した。

「……わかった。俺が悪かった。俺は……“責任”ってやつを押し付けることで、自分が安心したかっただけなのかもな」

「えっ、急にそんな反省モード……」

「そして裕喜、俺はお前の“力を抜く才能”が、ちょっと羨ましいとさえ思ってたんだ。いつも余裕あって、周りに合わせて、空気も読んで。……俺、正直そういうの苦手だから」

「……公孝」

 裕喜の顔から、いつもの気だるげな笑みが消えていた。

「実は、俺さ。めんどくさいことが嫌いなのは本当だけど……お前が必死に動いてる姿見て、“あ、こいつに任せとけば大丈夫だな”って、勝手に思っちゃってたんだよ」

「……っ!」

「そんで、俺が逃げれば逃げるほど、お前が一人で背負うことになるって、気づいてた。なのに、笑ってごまかしてた」

 静寂。

 それから――

「――という反省を踏まえまして!」

 パン、と裕喜が手を叩いた。

「次の生徒会イベント“文化祭準備”は! 公孝に全部丸投げしようと思いまーす!!」

「台無しィィィィ!!!」

「嘘だよ、冗談冗談。今度はちゃんとやるって。ちょっとだけだけどな」

「おまえは“ちょっとだけ”をドヤ顔で言うなぁ!!」

 俊輔は笑いながら天を仰いだ。

(……こいつら、めんどくさいけど、ちゃんとバランス取ってんだよな)

 熱意と逃避。どっちが正しいわけじゃない。でも、ぶつかり合って、認め合って、ちょっとずつ変わる。これが“青春の生徒会”の正体なのかもしれない。

 翌朝。廊下の掲示板に、鮮やかなポスターが一枚貼られていた。

《生徒会文化祭企画:“黄昏オリンピック〜競え!委員の誇り〜”》

 その隅に、小さくこう書いてあった。

《責任のありか、探してみようぜ。》

(第9話『公孝と裕喜の責任逃れ対決』完)

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