【第8話】ブロマンス?編『俊輔×功陽×貴宗の友情崩壊危機』

 春の陽射しが教室の窓から差し込む昼下がり、俊輔は自分の机の上に置かれた「なにかの遺留品」を、言葉を失って見つめていた。赤い封筒。封蝋がしてあり、そこには“極秘”のスタンプ。そして差出人欄にはこう書かれている。

《愛しき君へ。from 貴宗》

「……なんだこれ」

 まるで爆弾処理班のような表情で俊輔がつぶやく。その横には功陽がいて、こちらも真剣な目つきでうんうんと頷いていた。

「これは……そう、ついに来たね。“君だけに見せる、友情の果て”……」

「いや勝手に詩的にするな。あと、これ完全に誤解されるだろう中身だぞ!?」

「ほら開けて。早く。俺も気になる」

「おまえが乗るのかよ!」

 恐る恐る封を切ると、中からは意外にも丁寧な字で綴られた手紙が出てきた。

《俊輔へ。

 最近、俺たちの距離が遠くなっている気がするんだ。

 放課後、屋上で、話をしないか?

 君の親友より 貴宗》

「……これ、ラブレターだよな?」

「違う、友情の手紙だよ。でも重めの」

 俊輔は手紙をそっと畳むと、口の中で「親友って書くやつに限って友情に幻想抱いてんだよな……」と呟いた。功陽は爆笑している。

 この「友情文書」がもたらした波紋は、教室内に妙な緊張感を呼び起こした。

「おいおい俊輔、貴宗と“屋上で対話”とか、それまさか友情の再確認イベントじゃね?」

「ねぇ、“親友より”って、重くない? 言い回しがまるで別れの手紙みたいな……」

「告白だよ、絶対。友情じゃない何かの!」

「やめろって!!」

 だが、逃れられぬ運命のように、放課後はやってきた。

 春風が吹き抜ける屋上。フェンスの向こうには茜に染まりかけた空が広がり、学園の屋根が瓦の陰で金色に光っていた。そこに、貴宗が立っていた。彼の背中には哀愁が漂い、頬にはいつになく真剣な表情。

「……来てくれたか、俊輔」

「来いって言ったのお前だろ……何が“話”だよ。まさか、ほんとに“お前が好きだ”とか言わないよな?」

「はは、まさか。俺、そういうとこちゃんと弁えてるし。でも……」

 貴宗は俊輔の肩にぽんと手を置いた。その瞬間、背後で誰かが物陰に身を潜める気配がした。功陽である。いつの間にか録音用の機材まで持っていた。

「友情の瞬間って、芸術になるんだよね……」

「そこ、聞こえてんだよ功陽!?」

「いいから続けて! 今すごくいい光の入り方してる!」

 俊輔が頭を抱えてうずくまろうとしたとき、貴宗は唐突に叫んだ。

「俺は! もっとお前らと遊びたいんだよ!!!」

「……え?」

「最近、お前も功陽も、いっつも別のことで忙しそうでさ。俊輔は優花のことで頭いっぱいだし、功陽は“芸術は日々更新される!”とか言って変な彫刻作ってるし……!」

「いや、それはお前が勝手に妄想して……」

「違う! 感じるんだよ、感覚で! 俺、寂しかったんだ!」

「なぜそんな本気トーンで“寂しい”って言えるんだよ!?」

「俺は! “親友3人組”ってのを本気で信じてたんだ!!」

 あまりの勢いに、俊輔も功陽も言葉を失った。そこには確かに、誤解や勘違いを飛び越えて、直球の“人懐っこさ”があった。

「ちょ、ちょっと待て。お前、俺たちがそっけなかったって、ガチで気にしてたの?」

「そりゃ気にするだろ! 俺だって人間だし! ちょっとやそっとのスルーなら笑って流せるけどさ、3回連続で昼飯の誘い断られたら、そりゃ気づくって!」

「うわ、俺そのとき保健室で寝てたやつだ……」

「俺は図工室で爆発してた……」

「爆発してたってなに!?」

 そして、3人は視線を交わし、ふと沈黙した。

 その静けさのなかで、俊輔がぽつりと呟いた。

「……なぁ、俺たちって、友達じゃなくて、“めんどくさい家族”になってきてない?」

「それ、最高の褒め言葉じゃん!!」

「そうだよね!? もはや“他人のような他人じゃない”って感じでさ!」

「語彙が雑だな!?」

 だが、空気は確かに変わった。誤解、すれ違い、不器用さ――それでも、根っこにはちゃんと“おまえと話したい”という想いがある。その不格好なブロマンスが、彼らの絆だった。

 そして――

「ところで、来週の土曜、みんなで遊園地行こうぜ!! 男3人で!!!」

「やだよ!! 絶対カップルに間違われるだろ!!」

「それがいいんだろ!!!」

「どこがだよ!!!」

 黄昏の空に響き渡る叫び声と笑い声。

 友情が壊れかけたふりをして、ただ照れくさくて言えなかった“お前がいないとつまんない”という気持ちを、今日ようやく、ちゃんと届けられた――そんな日だった。

(第8話『俊輔×功陽×貴宗の友情崩壊危機』完)

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