キスの病。
東
第1話 6月、日常。
1:直川玲海
恋愛マンガみたいな甘い恋がしたい。
そんな憧れを抱きながら高校に入学して2年目、私は誰かと交際することもなく部活動と勉強に勤しむ学校生活を営んでいた。
別にそれがつまらないわけではない。友だちはいるし、クラスでは委員長を務めているから責任感を持ってクラスの風紀を守ることに尽くすことができる。
「流郷くん、おはよう。何、そのだらしないズボン!」
「げ、直川……」
校門が開く数分後に登校するようにしているけど、毎回教室には一人先客がいる。
私が声を掛けると、同級生の流郷威月は面倒くさそうに眉間にシワを寄せた。
この男はとにかく態度が悪い。授業は時々サボるし、制服なんて冬服の時は指定ネクタイをしていたのを見たことがない。そして今どき腰パンである。色素が薄く整った顔、大きな目は格好いいなと思わせるときもあるけど、金髪の長髪だしピアスつけてるし先生にはタメ口だし……とにかく、絵に描いたような不良だ。
まあ、更生のしがいはあるけどね。
「腰パンって足が短く見えるのよ? 下着だって見えるかもしれないじゃない」
「うるせーなァ、俺の勝手だろーが」
「勝手じゃないわ。規則だもの」
私が腰に手を当てて正論を伝えると、流郷くんは「はっ」と馬鹿にするように鼻で笑った。
「お前は他人に決められたレールでしか生きてけねぇんか、ダッセェなぁ!」
「貴方こそ、こんな小さな約束すら守れないなんて格好悪いわね!」
「おー、また直川と流郷がやってんよ」
「仲良しだねー、お前ら」
私たちがあーだこーだと話していると、ゾロソロとクラスメイトたちが登校してくる。でも、私たちが喧嘩をしているのは日常茶飯事なので誰も気には留めていない。
「今日こそはそのダサい腰パンをやめさせるわ!」
「ハァ? やめねーよ、バーカ」
腹立つー!!
「レミちん、おはよー」
私が怒っていると友だちの葉織が挨拶をしてくれる。それを合図に私はこの不毛とも言えそうな戦いを一時休戦した。
※
私、直川玲海は公立暁高校に通う2年生だ。
漫画やアニメが好きでいわゆるオタクな私だけど、取り柄は……まあ、真面目なことかな? ということで、誰も立候補しなかった学級委員長を務めている。
委員長はクラスの話し合いの時の議長が大きな仕事だけど、提出物を集めたりクラスメイトの風紀が乱れていないかをチェックすることも大切な仕事だ。ゆえに私は、クラスで風紀を乱している人がいたら声を掛けるようにしているのだけど、このクラスはわりと真面目な人が多く殆どの人が風紀を守って正しく生活をしていた。
例外はただ一人、流郷威月だ。
髪は噂によると地毛なようなので目立つ金髪については何も言えないが、本当に腰パンはやめた方がいい。他のクラスでもたまに見るけれど、私には腰パンの良さが全くわからない。いや、わかったとしてもそもそも規則違反なのだから絶対にやめるべきなのだけど。
それに授業のサボりは目に余る。授業に出ているときは静かで何もおかしなことはしないし、当てられても必ず正答するから話はちゃんと聞いている様子だ。それなのに、たまにフラッと消えては数時間後に戻ってくるということが度々ある。
この日もお弁当前まではいたのに、お弁当の後の5時間目から姿を見せない。数学の時間だが、別に科目でサボりを決めているわけではなさそうで、いつも不規則にサボる。
で、1時間したらフラリと戻ってきて6時間目の美術は何事もなかったのように受けている。
「流郷くん」
帰りのホームルームが終わり、私はほうきを取り出している彼に声をかけた。
流郷くんはそんな私を面倒くさそうに見下ろす。鋭い眼光は明らかに私を敵視していた。
「今日もサボったでしょう? 理由があるならちゃんと先生に言うべきよ」
「うるせーな。お前には関係ねぇだろーが」
私をあしらうように言葉を吐き捨てると、流郷くんはほうきで床を履き始める。私は彼の邪魔にならないように進行方向からよけて横並びになった。
「確かに私個人には関係ないかもしれないけど、貴方のために言ってるのよ。委員長として見逃せないわ」
「お節介が過ぎるんだよ。ウゼェ」
「何も私に報告しなさいって言ってるんじゃないのよ。理由がちゃんとあるなら、先生に言うべきってだけ。将来のこととか考えたら、サボりなんて子どもじみたことやめるべきよ」
「理由なんかねぇーよ。面倒くせぇからサボってんだ。それをわざわざ先生に言ってどーすんだよ」
流郷くんは鬱陶しそうに低い声で言うと、私の足元にほうきを向けてきた。
「邪魔。ゴミかけるぞ」
「そんな幼稚なことするわけ?」
「そっちこそ、ネチネチお説教ばかりしてねぇで、近くにいるならせめて手伝いくらいしたらどうだよ。突っ立てるだけじゃマジで邪魔だっつーの」
本気で鬱陶しそうにしながら流郷くんがほうきでツンツンと私の上靴をつついた。さすがにゴミを掛けてくることはないけれど、このまま話していたら本気でゴミを掛けられるかもしれない。
まあ、確かにただ突っ立って話しているだけなら邪魔か。
彼の言葉にも一理あるので、私はとりあえず残っていたほうきを取り、ゴミを集め始める。そんな私を見て、流郷くんが小声で「マジかよ」とボヤいた。まさか説教のために掃除を手伝うとは思わなかったのだろう。
でも、私は流郷くんをどうにか更正したいのだ。お節介なのは重々わかっているけれど、彼のことが何となく気になってしまうから。
それは、もしかしたら無い物ねだりなのかもしれない。彼は私とは異なる個性の持ち主だ。私と違い自由奔放にしている様が、時々羨ましいと思うこともある。自分とは違う未知の存在に興味を惹かれているのだ。
だから、もしかしたら私は更正なんて二の次で、彼のことを知りたいというのが一番の思いなのかもしれない。
そんな私とは裏腹に、流郷くんは私と話すといつも鬱陶しそうに眉間にシワを寄せた。いや、そもそもデフォルトが眉間にシワを寄せた状態なのだ。生真面目な人の多いこのクラスに馴染めないのか、友だちと話すところもほとんど見たことはなく、いつも一人で渋い顔をしながらスマホをいじっていることが多い。
「そういえば、掃除は全然サボらないわね」
「当番少ねぇんだからたりめーだろ」
「そこは真面目なんだ」
「汚ぇのが嫌なんだよ。お前のお説教と同じくらいな」
「あら、それは失礼したわね」
「全然気にしてねぇだろ、クソが」
流郷くんはブツクサと文句を言うが手際はよく、あっという間にゴミを集める。そうこうしている間に黒板消しや机拭きをしてくれていたクラスメイトたちも次々に仕事を終えていた。
「用は済んだろ、さっさと帰れや」
流郷くんはそう言うと私の手にあるほうきを掴む。強引に取らないところに感心しながら、私はほうきを手放した。
「片付けてくれるの? ありがとう」
「片付けるからさっさと帰れって」
「わかったわよ。明日はちゃんと制服着るのよ」
「お前は俺の母親かよ、うるっせぇーな」
露骨に舌打ちをしながら、流郷くんは2人分のほうきをしまうとゴミ袋を持って教室を出て行った。私もさすがにこれ以上は邪魔かと思い、帰り支度を始める。
「直川さん、手伝ってくれてありがとう」
「いいえ、邪魔してごめんなさい。また明日」
クラスメイトに挨拶を交わし、私は教室を出た。2年生になって、流郷くんと同じクラスになってから彼と話すのが刺激になっており、何だか清々しい気分になる。
でも、全然話聞いてくれてないけどね。
いつも同じことを伝えても仕方ないとは思いながら、でもせっかく同じクラスになったのだから規則正しい学校生活を送ってほしいとも思ってしまう。
そんなお節介な自分に呆れながら、私は帰路に立った。
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