よろずやひばりの守部奇譚

るびん

奇譚1:迷える子羊達へのレクイエム

チャプター1:よろずの戸(1)

「ここ、かな?」


 不安げな少女の視線の先は、豪華絢爛で現代社会を闊歩しているような巨大なビルに囲まれた、庭は手入れが行き届いていないのか鬱蒼としており、門構えは由緒正しそうではあるけれども崩れ落ちそうなほどボロボロな古民家。


 だがしかし、表向きはなんとか流行りの古民家カフェを営もうとしているのか、両開きの門扉のうち閉じられている側に立て掛けられた手作りの看板には縦向きに【喫茶ひばり】と綺麗な文字で書かれていた。

 しかしその脇には怒った子供が書き殴ったような字で【よろずや!!】とあり、お客が癒しを求めて訪れる古民家カフェとは大分ずれている佇まいと相まって、関わったらいけないような雰囲気を醸し出している。


「うん、合ってるわよね。なんか入りづらい……これでカフェやっていけてるのかな」


 生来活発な彼女でも、さすがにこれには手にしていた古民家への地図を強く握りしめぐしゃぐしゃにしてしまい、腰も引けてしまう。

 だがしかし彼女にはもう当てが無い。最後の砦、藁にもすがるとはまさにこの事。

 だから彼女は、この最後の希望を胸に自身を奮い立たせた。


「負けるもんか! 頑張れ私っ、イケイケゴーゴーっ!」


 こうして少し震えた掛け声と共に、その長く綺麗な髪を揺らしながら古民家の敷地内へと足を踏み入れる少女。

 この時、彼女はまさか自分がここで長らくやっていくことになろうとは、文字通り夢にも思っていなかった。


 ◇


 少女は門をくぐり、薄暗い庭をおっかなびっくり通り抜け建物の入り口までやってくると、引き戸の横にあるインターホンを押す。

 音は雰囲気の割にはなんとも普通で面白みに欠けていたが少しして、インターホン越しからは家の構えとはそぐわずほんわかと間延びのした、年のころ12、3歳くらいと思われる女の子の声が聞こえた。


『はぁ~い、御用ですかぁ~?』

「あ、あの……こちら”よろずやひばり”でよろしいですか?」


 少女はその声の感じに出鼻をくじかれたかのように少しだけ言葉に詰まったが、自分が抱えている問題を解決してくれそうな当てを片っ端から探してリストアップした中の最後の1つ、それがここだったので、ぐっと気を引き締めて答えた。


 よろずや――つまりは何でも屋だ。

 インターホンに出た女の子が書いたのだろうと思われる看板の殴り書き、そちらを頼りに少女はやってきた。

 そして最後、つまり他の当ては全て空振り、というより断られたのだ。


 ここがどういうよろずやなのかは実家の伝手で一応調べはしたが、その結果はイマイチ信頼性に欠けていた。

 何故なら、対応してきた案件内容は浮気調査に始まり、ペット探し、曰く付きの遺失物探し、ご近所の引越しの手伝い、しまいにはドブ掃除など、まるで三文小説に出てくる売れない探偵事務所のような内容がほとんど。

 それどころか、現実離れした内容までも含まれており、なんと除霊だの妖怪退治だのまでありそしてその詳細が公開されていない。


 だから彼女も最後の最後まで訪ねなかったのだが……しかし、現状ではもうここしか残っていない、そこまで追い詰められていたうえでのことなのだ。

 少女自身、ここで断られても絶対に引き下がらないつもりだった。

 そんな彼女の決意とは裏腹にインターホンの向こう側からは、まるでぱぁっとまぶしい笑顔がたやすく想像できてしまいそうな声が届く。


『は~い! そうですよ、よろずやひばりです~っ! ご依頼ですかぁ~?』


 その元気いっぱいで幼さの残る声に、彼女は家のお手伝いを一生懸命しているのだろうと微笑ましく思った。そして喜び具合から察するに、よろずやと呼ばれることの方が嬉しいのだろう。

 だが――どこか、芯の強さを感じたのが不思議だった。


「あ、はい、そうです。お願いします、責任者様と話をさせてください!」


 しかし、それとこれとは話が別である。相手が子供であろうと少女はそのように切り出す。

 何故なら、これまで訪れたところでは責任者と会わせてもらえることもないばかりか門前払いを受けることまであり、取り付くしまも無かったからだ。

 だが、少しだけ何か考えるかのような間があった後、インターホンから届いた声は少女の期待を裏切りそうなものだった。


『声からして若い女の子、しかも絶対に可愛いよね……ねぇ、あなたは何歳~?』

「は?」

『年齢ですよ~、何歳?』

「じゅ、16ですけど」


 いきなりどうして歳を聞いてくるのだろうと少女は怪訝に思ったが、まず責任者に合わせてもらうにはこの子の機嫌を損ねるわけにもいかないだろうと考え、素直に答えた。

 すると、相手は少し間を置いてから困ったように告げた。


『やっぱりそのくらいか……困ったなぁ。よろずやの依頼は嬉しいけど~、あの子に悪い虫がついたら嫌だし~』

「虫?」


 相手の意図がまったく分からない、どうして年齢を答えたら虫などという言葉が出てくるのだろうか。しかしそれでも依頼を断られるわけにはいかないのだ、引き下がるわけにはいかない。

 少女は、相手から見えるはずもないのに頭を下げてもう一度請う。


「お願いします!とにかく責任者様に会わせて下さい!」

『う、うぅ~ん。どうしようかなぁ~……』


 機嫌を損ねたわけではないだろう、むしろ断り辛そうな声のトーンだった。

 では、何故このように困っているのだろうか。いやそもそも、依頼の内容を聞いたわけでもないのに断ろうとする理由が分からない。

 そして少女がとにもかくにも、もう一度頭を下げてお願いをしようとした時だった。


『こら、泉! 何をまた勝手に依頼を断ろうとしているんだ!』


 女の子とはまた別の、自分と同じくらいの年頃であろう男の声がインターホンから届いた。

 それに対し受け答えていた女の子は怒ったような、そしてどこか楽しそうな声で言い返す。


『あ、呼び捨てにしたなぁ~っ!?』

『当たり前だ! いいから代われ!』

『駄目~っ』

『おいこら!』


 いきなりの掛け合いと共に、なんとインターホンはぷっつりと切れてしまった。

 突然の騒動に唖然とする少女、しかしすぐに正気に戻る。


「ちょ……ちょちょ、ちょっとぉっ!?」


 彼女からしたら、訳の分からないまま断られる結果になっては堪ったものではないし、怒りだって覚える。

 大慌ててですぐさま呼び鈴を数度押すが反応が無いのを確認するや否や、戸を強くぶっ叩いてやろうとしてその華奢な腕を振り上げた。

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