第19話
花南と同棲を始めて初めての連休。
連休中の凰鳴神社はとにかく忙しい。光留が高校生だった時には閑古鳥が鳴いていたくらい落ち着いた神社ではあったが、宮司になる決意をし、アルバイトを始めた頃、事態は一変した。
修業を兼ねて試しに作った札が「運気が上がる」と口コミで評判となり、さらに光留の端正な容姿も話題を呼び、大学時代には地元テレビ局の取材を受けるまでになった。
その結果、凰鳴神社は地元で評判のパワースポットとなり、光留目当ての観光客が連日押し寄せる場所となった。
本来であれば、そんな繁忙期に光留が抜けるなど言語道断だが、今回は事情が違う。光留自身の将来がかかっている。
何より、大切な花南のためだ。誰に何を言われようとも、彼女の実家へ挨拶に行くという使命を果たさなければならない。
「光留君、本当に大丈夫?」
「うん。花南こそ、気が進まないなら俺だけでもいいけど……」
「あ、そっちじゃなくて、神社の方」
「ああ、叔父さんには睨まれたけど、お袋が説得してくれた。それに、戻ったら死ぬほど働かされるんだろうけどさ。それより俺は、花南と一緒にいられる方がずっと嬉しい」
新幹線の中でなければ抱き締めて、膝にのせて、いたるところにキスしたい。
花南の実家に行くために、少々働きづめだったこの数日は、同棲しているはずなのに花南との時間が作れず、正直花南不足でつらい。
「それに、花南のご家族に何かあったのなら、場合によっては俺のせいかもしれないし……」
花南には、以前光留が花南の身代わりになった際に取りこぼした悪霊や落神がいて、それが花南の家族に悪さしているかもしれないと話している。
花南は光留のせいじゃない、と首を横に振る。
「違う。光留君はわたし助けてくれたんだもの。仮に光留君が取りこぼしていたのだとしても、光留君が生きていなかったら、わたし……っ」
あの事態は、花南の嫉妬心と不安が引き起こしたものだ。
光留が花南を守る為に、自分の命を削ってくれたことを知っているから、光留を責めることは出来ない。
瞳に涙を浮かべる花南を抱き締める。
「ごめん、泣かせたかったわけじゃないんだ」
「っ、ごめんなさい……わたしも……」
光留が生きているから、前向きに生きていける。
彼には返しきれな程の恩もあるけれど、それ以上に一途で、寂しがり屋で、甘えたがりな彼を愛おしいと思う。
光留を守りたいと思うのは花南も同じだ。
ふたりは寄り添いながら、流れていく車窓の景色を眺める。
新幹線に乗って数時間。光留達は電車を乗り換え、バスに乗り継いで花南の実家へと来ていた。
田舎の一戸建て住宅。その外観は他の家々と大差ない普通の造りだが、光留が目にしたその家には、不吉な黒い靄が立ち込めていた。
(これは一体……)
その異様な光景に戦慄を覚える光留。隣にいた花南もその靄を視認しているのか、顔を蒼ざめさせていた。
「何、これ……」
「花南、ここで少し待っていて」
光留は彼女をかばうように立ち、その場で祝詞を唱えた。靄は幾分薄くなったものの、根本的な解決には程遠い様子だった。
「っ、花南。ご家族は今日家にいるんだよね?」
「う、うん。そのはず……」
「万が一の場合、ちょっと力づくになるけどいい?」
この家の中に人がいるなら、正気でいられる者はいないだろう。
お守りや結界で守られているとはいえ、花南を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
「大丈夫」
たとえ多少乱暴なことになったとしても、光留が傷つくくらいなら、かまわない。
光留がインターホンを押すと、ガチャリと音を立ててドアが開いた。現れたのは、げっそりとやつれた中年の女性だった。
その女性は、花南に向かって微笑みながら口を開く。
「おかえり、花南」
「お、母さん……?」
その声には奇妙な粘り気があり、瞳は生気を失っているにもかかわらず、不気味に輝きを放っていた。花南は言葉を失い、呆然と立ち尽くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます