二十三、







「あ!将梧君!やっぱり、誰よりも早く雅みやびのチア姿が見たかったんだね!はい!近くで見せてあげる!」


 四人揃って更衣室の前まで辿り着いた所で、チアの衣装を身に着けた見慣れない生徒が、そう言って嬉しそうに将梧の下へと走って来た。




 うお。


 誰だか知らないけど、ちゃんと男っぽくない走り方。


 そうか、チアの衣装を着るって、そういうところも注意しなくちゃなのか。




 チアの衣装を身に着けているからか、走り方まで可愛らしいと、薫はひとつ学びを覚える。


「知らない奴に、なれなれしく名前を呼ばれる筋合いは無い」


 しかし将梧は、興味の無さを隠すこともなく、冷たい声でそう言い切った。


 その目には、侮蔑の光さえある。


「嫌だな、将梧君てば知らないふりなんてしちゃって。みやびのこと、すっごく好きなくせに」


「薫、行こう」


 それでも、なれなれしく将梧にすり寄ろうとしたチア姿の彼を避け、将梧は薫へと笑顔を向ける。


「え?う、うん。でも、いいの?」


「いいわけ無いだろ、舞岡薫まいおかかおるみやびの邪魔すんな」


 本当にこのまま行ってしまっていいのかと、戸惑うように将梧を見上げた薫に、チア姿の彼が牙を剥く。


 その表情は、将梧に向けるものとは全く違う、敵意を剥きだしにしたもので、薫は一瞬引いてしまった。


 


 え。


 将梧に向けるのと別人過ぎだろ。


 まあ。


 元がいいから、睨んで来る顔も可愛いけど。




「うわあ。凄い顔だよ、須田すだくん。これぞ醜悪っていう見本みたい。今、鏡を見せてあげるね・・はい、どうぞ」


 その時、のほほんとした声に似合わぬ辛辣なことを言いながら、田上がごそごそと折り畳み式の鏡を取り出し、雅の前で開いた。


「要らないよ!いいか!舞岡薫!今日で絶対、決着してみせるからな!首を洗って待っていろ!」


「え?何を決着・・・って。行っちゃった。何だったんだろ?てか、あいつ誰?将梧は、本当に知らない奴なの?」


 田上の差し出した鏡を振り払い、薫に向かってびしっと指さし言い切ると、薫の返事も聞かずに、今度は男らしく走り去ったみやびの後ろ姿をぽかんと見つめ、薫は将梧にそう声を掛けた。


「知らない。なに?薫は、俺のこと疑うの?」


「違うけどさ。あいつ、将梧のこと知ってて、しかも狙っているっぽかったじゃん。それに、将梧も向こうを知っているっていうていで話してたよね?」


 不機嫌になった将梧に、薫が首を傾げる。


「しかし。あんな奴、この学校に居たか?・・そういえば、田上は知っているようだったな?」


 門脇までもが首を捻るなか、田上がこくりと頷いた。


「うん。知っているよ。と言っても、直接会ったのは初めてだけど。彼はね、隣のクラスに転入して来た、須田雅すだみやびくんだよ。最初の自己紹介で『世界一可愛い雅です。ぼくに会えるなんて、みんなラッキーだったね。しかも同じクラスなんて、運を使い果たしちゃったかも』って言ったんだって。そこから毎日・・っていうか、休み時間のたびに言っているってうんざりしてた。チアも『みやび以外、誰がやるっていうの』って、立候補したんだって」


 隣のクラスの友人から聞いたという田上に、門脇と将梧は不快感をあらわにする。


「なんだ、その自信過剰。舞岡の方がずっと可愛いだろう」


「そうだ。世界一可愛いのは、薫だ」


「うん。なんかね、隣のクラスでもそう言われるんだって。『は?舞岡のこと見てから言えよ』って。それで須田くんは、舞岡くんをライバル視しているらしいよ。気を付けてね」


 門脇と将梧の言葉に田上も頷き、薫を見てそう忠告した。


「ライバル視って。そんな勝手な。自信過剰なうえ、迷惑な奴なのか。舞岡に近づけさせないようにしないとだな」


「ああ。見かけたら、即除去。決定」


「そうだね。ぼくも、すぐに対処するようにするよ」


 三人が頷き合うなか、薫がうめき声をあげる。


「うわあ。なんか、知らないところで嫌われてた。俺」


 しかも、自分より可愛いと言われるからという理由が男子高校生としてどうなんだと、薫は頭を抱えた。



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カラフルボックス ~絡め取られて腕のなか~ 夏笆 @hisuiusagi

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