3.深優ちゃんは何が好き?

第9話 梨菜と部活のこと

 深優みうはしばらく部活動に参加していなかった。

 しかし、今はまだ仮入部期間だけど、すぐに何部にするか決めなくてはいけない。

 深優は勇気を出して、以前参加したテニス部に参加することにした。


「深優ちゃん、来たの?」

 深優が行くと、梨菜りなが驚いたように言った。

「梨菜ちゃん」

「……もう来ないかと思っていたよ。だって、梨菜ちゃん、運動苦手だから」

「うん、でも、梨菜ちゃんが入るなら」

「……それ、やめようよ」

「え?」

「なんでもない」

 梨菜はそう言うと、深優に背を向けて友だちのところへ走って行ってしまった。


 テニス部の練習はハードだった。

 そして、友だちがいない居心地の悪さもあり、必要以上に疲れ果て、重い足をひきずるようにして帰った。

 家に着いたとき、深優は『kokoroの音』を開くのがやっとという状態だった。


「深優ちゃん? なんかすごく疲れてない?」

心音ここねちゃん。……うん、なんか今日はすごく疲れた」

「何かあったの?」

 心音は心配そうに首を傾げた。


「……梨菜ちゃん、わたしのこと、嫌いなのかもしれない」

「どうしてそう思うの?」

「だって、テニス部に行ったら、迷惑そうな顔をしたの」

「うん」

「それで、梨菜ちゃんが入るならわたしも入るって言ったら、それ、やめようよって言われた」

 深優の目から涙がぽろりとこぼれた。


「うん。悲しかったね」

「……悲しかった。梨菜ちゃんといっしょがよかったの」

「梨菜ちゃん、他に何か言ってた?」

「わたしが運動苦手だから、テニス部入るとは思わなかったみたい」

「……深優ちゃんは、テニス、楽しい?」

「……あんまり」

「もしかして、梨菜ちゃんは中学では何か新しいことにチャレンジしたくて、それがテニスだったのかもよ」

「チャレンジ?」

「そう、新しいことをしてみたかったの。でも、もしかしたら、深優ちゃんが運動苦手なのを知っているから、テニス部には誘わなかったのかも」

「……そうなのかな?」

「本当のことは分からないけどね。でもね、梨菜ちゃんも、深優ちゃんに、自分で決めて欲しかったんじゃないのかな? 何部にするかを」

「自分で?」

「そう、自分で」

「……分からないよ」


「うん。分からないこともあるよね。あのね、今日はね、とりあえず寝たら? すごく疲れているみたいだから」

「でも、掃除もしていないし、洗濯物も畳んでいない。夕飯も作ってない」

「掃除は少しくらいしなくても平気だし、洗濯物は取り込んであるから大丈夫だよ。夕飯を作る時間まで、少し眠ったら?」

「そうする」

「疲れたときはね、ちゃんと眠るのよ」

 心音がにっこり笑って、その笑顔に深優はほっとするのだった。



「深優! どうして何もしていないの‼」

 深優はヒステリックな母親の声で目を覚ました。


 一瞬、今何時なのか何曜日なのか、何が起こっているのか、理解出来なかった。

 しかし次の瞬間、深優は何もせずに眠ってしまったことに気づいて、青ざめた。

(あ! わたし、あのまま寝ちゃったんだ! 夕飯も作らずに)

(お母さん、すごく怖い。めちゃくちゃ機嫌悪い……!)


「お、お母さん、ごめんなさい!」

「わたしはね、疲れているのよ! 一生懸命働いているの。あんたのために。嫌でも! あんたみたいに、気軽に学校行っている子どもとは違うのよ。なのに何で、ごはんも用意していないし、部屋は散らかったままなの⁉」

「ごめんなさい、すぐにやります!」

「早くしろ! 腹が減ったんだよ」

「は、はいっ」


 深優は手早く他人丼を作ると、真央まおの前に置いた。冷凍してあったごはんは一人分しかなかったので、真央の分だけ作った。

「早くお風呂を沸かして。それから、洗濯物を片づけて」

「はい」

 深優は軋む身体をひきずるようにして、お風呂を沸かし片付けをした。


 家事をしながら、深優はまた部活のことを考えていた。

(部活、どうしよう? テニス部は毎日部活があって、朝練もあるって言っていた。仮入部期間は、朝練は出なくていいけれど、本入部になったら朝練も出なくちゃいけない)

(テニス部入ったら、家のことが出来ないような気がする)


 母親を怒らせることが何より怖かった。

 怒鳴り声を聞くと、深優は全て閉ざしてしまう。

 お風呂から母親の鼻歌が聞こえてきて、少しほっとしながらも、部活のことを考えると気持ちが少しも晴れなかった。


(心音ちゃんに会いたい。でも、お母さんに見つかったら、何を言われるか分からないから、お母さんがいるときには会えない)



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