【2025 GW特別編】きっと、となりに。~きみのとなり。番外編~
🐉東雲 晴加🏔️
第1話
きっと、それは誰だってよかったに違いない。
「……」
スマホの通知音が鳴ると胸が嫌にザワザワするようになったから、通知音を切るようになった。けれど、結局のところ家に連絡を取る時にスマホを開かなくてはいけなくて、アイコンの右上につく新規メッセージの存在に嫌でも気がついてしまう。
開きたくない……と思っても、必要な連絡も来るから始末が悪かった。
――明日の二限、課外活動のグループ決めだったよね?
――うん。
――あいつと同じグループになるやついるかな?
――さあ(笑)きっと一人でも大丈夫だよ、だって優秀だから(笑)
……家に帰ったら、今日習った数学の復習と、理科の課題をやろう。
明日の授業の予習もしなくては。
そう言えば母が今晩は自分の好きなグラタンにすると朝言っていた。ぐるぐると微かに音を立て、時折感じる胃の痛みを左手で押さえながら、自分はちゃんと笑えているだろうかとショーウィンドウに映った自分の姿は、曖昧な笑みを貼り付けて頼りなげな色をしていた。
「ただいまー」
いつも通りの声のトーンで扉を開けると焼けたチーズの香ばしい香りが仄かに漂ってくる。
「おかえり、咲くん」
今グラタン焼いてるわよ、と母がリビングから顔を出して咲太郎に柔らかく声をかけた。
「ん。カバン部屋においてくるね」
リビングから「ママァ! この問題わかんなーい!」と妹の声が聞こえて来て、母は「はいはい」とリビングに戻っていく。
長くない廊下を歩き、自分の部屋に入り扉を閉めた。ふう、と息を吐くと想像以上に自分が息を詰めていた事に気づいた。さっきよりも胃がキリキリと痛む気がする。
――別に、咲太郎は学校で殴られたり蹴られたりしているわけではない。
クラスのメッセージアプリのグループでも、咲太郎が、と名指しされたことは一度もない。ただ、
グループメッセージでそんな事を書いているのはほんの一部の生徒で、全員がそう思っているわけではないかもしれない。
ただ、書かれたメッセージに誰も『やめなよ』と書き込む人はいなかった。
母に、この事を打ち明けるべきか。
帰宅してカバンを置きに部屋に戻るたび、咲太郎は毎日ポケットのスマホを握りしめ自分のつま先を見るのだった。
「でね、今日りんちゃんと昼休みに好きなダンスの振付一緒に踊ってさ―、結構上手く出来たんだよ?」
「へぇ、りんちゃんて確かダンスクラブに通ってるんだったわよね?」
「そうそう!」
いつもなら美味しく感じるグラタンが上手く喉を通らない。今日の出来事を無邪気に話す妹と母の声を隣で聞きながら、咲太郎は夕飯を咀嚼して嚥下することに静かに格闘していた。
「そう言えば咲くんは先日中間テストだったわよね? どうだったの?」
急に話をこちらに振られて咲太郎は内心動揺する。
「え……、あー、二教科ほど91点だったけど、あとは満点だった」
「凄いじゃない! ……流石ねぇ咲くんは。いつもちゃんとお勉強してる成果ね」
嫌味の一つもない素直な称賛に、少し胃のつかえが軽くなった気がした。
「お兄ちゃんすごーい。でも桃は算数嫌いだからそんなに出来なーい!」
口を尖らせてブツブツ文句を言う妹に母が笑う。
「桃も十分頑張ってるわよ。お兄ちゃんはお勉強が好きなの。ちゃんと努力もしてるから偉いけれどね」
どう? 勉強楽しい? と母に微笑まれて、咲太郎は「うん」と答えると、
「小学生の時から頑張って海成に入ったものねぇ……。お母さん、咲くんが頑張ってるの知ってるから嬉しいわ」
そう屈託のない顔で笑う母に、嬉しいはずなのに咲太郎はもう何も言えなくなっていた。
胃が、また痛んだ。
咲太郎の通う、私立海成学園中等部は昔からある由緒正しい名門進学校だ。中等部に入学できればそのままエスカレーター式で高等部に上がれることもあって、全国トップレベルの子どもが狭き門をくぐり抜け集まってくる。
一年の頃は、入学できた嬉しさと、小学生の時には経験できなかった難しい問題や教師が投げかける新しい課題に食らいついていくことがとにかく楽しくて、周りのことなんて気にしていなかった。
授業中のグループ活動で、普通にクラスメイトとは会話を交わしていたから、休み時間は本を読んだり図書室で調べ物をしていた咲太郎には、他の皆が休み時間にどんな話をしているとか勉強以外のことも話していたなんて知りもしなかったのだ。
気がつけば、定期テストは学年トップになっていて、頑張った成果が目に見えると余計にやる気が出た。自分の勉強法のやり方が間違っていないことの証明にもなったし、もっと学ぶにはどうやったらいいかと考えるのも楽しい。
……そんな中、クラスメイトとの間に小さな黒いインクを落としたのは多分些細な出来事だった。
いつもは昼食時になるとすぐに図書室に行きたかったこともあり、さっさとお弁当を食べて駆けるように図書室に向かっていた。けれど、その日は珍しく「成宮一緒に御飯食べない?」とクラスメイトに声をかけられたから咲太郎は「いいよ」と返した。
図書室に遅れるのは惜しかったけれど、咲太郎は別にクラスメイトと距離をおいているつもりはなかったから。
そこで、なんの気なしに聞かれたのだ「成宮はどこの塾に通ってるの」と。
中学受験をした時は模試の関係もあり塾に通っていたが、入学してからは通っていなかった咲太郎は「行ってないよ」と正直に答えた。じゃあ家庭教師に来てもらってるのかの問に「家庭教師もいないけど」と返す。他の生徒からも「え、じゃあ家でどうやって勉強してるの」と聞かれて、自主学習と図書館に行って自分で調べたりしている、と答えた。小さく、その子が「……凄」と呟いたのを聞いて、咲太郎は首を傾げた。勉強法なんて、皆大差ないのではないだろうか。
「成宮ってこないだも学年1位だっただろ? 皆どうやったらあんな点数取れるのかなって気になってるんだよ」
昼食に誘ってくれた男子生徒のその言葉に、咲太郎はありのままに答えた。
「順位はただの結果だから気にしてないというか。答えを間違えると悔しいけどさ。どうやったら解けるんだろうとか、こういうやり方があったのか! って見つけていくの、面白いよね」
そう笑った咲太郎とは裏腹に、何故かそこにいたクラスメイトの顔は微妙に歪んでいた。
【つづく】
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