第38話 止まらない波紋

 営業二課のビジネスチャットは、この数日、普段のルーティンとはまったく異なる“色”を帯びていた。それらの情報はクリエイティブ一課とも共有された。


 日々の数値管理や販促計画といった定例の報告の合間に、まるで異質な案件が頻繁に挿入される。


 ──「◯◯学園高等部より、来年度オープンスクールのポスターに起用できないかと正式照会あり」


 創立百周年を迎える伝統校で、広報刷新に伴い“素朴で信頼感のある若者像”を模索していたという。担当者の話では、駅の広告で見かけた写真を高校生と誤認し、そのままモデルを追って問い合わせたとのこと。


 ──「都内大手進学塾S.アカデミーより、新年度キャンペーン冊子の表紙モデル候補として名前が挙がる」


 対象は中学受験コースだが、ターゲットである小学生の保護者層からも非常に好感度が高かったという。すでに担当編集者は、複数の写真を広告代理店経由で取得し、デザインチームで検討を進めていた。


 ──「教育系YouTubeチャンネル《まなびトーク》より、“中高生のリアル”を語るインタビュー枠での出演打診」


 現在、登録者数40万人超の動画チャンネル。キャスターの女性が“自分の甥っ子に似ていて目を引いた”という理由で番組側から非公式連絡が入り、マネージャー経由で正式依頼に切り替える動きが始まっている。


 ──「《親と子の未来フェスタ》実行委員会より、イベントのキービジュアルに登用できないかとの相談」


 これは、内閣府後援の全国型ファミリー向けイベント。あくまで検討段階とのことだったが、「親世代の琴線に触れる雰囲気を持つ素材を探している」と、かなり前のめりな様子がうかがえた。


 ──「地方紙あおもり教育新聞編集部より、表紙写真使用についての打診」

 現地の子育て支援特集で“共感を呼ぶ顔”として使いたいとの意向。東京から遠く離れた地域であるにもかかわらず、ネット経由で“あの子”の存在が伝わっていた事実に、小春は内心驚かされた。


 ──「国民的スポーツイベント《全世代スポーツキャラバン》の事務局より、ポスター起用候補としてリストアップ中との連絡」


 全国47都道府県で開催される大型キャンペーンで、交通機関・街頭・自治体庁舎などに広く掲出される計画。公式の名義ではなく、協賛企業の販促ルートから“この子にできないか”という声が上がったという。まだ非公式段階ではあるが、仮に進めば、まさに“顔”となる役割だ。


 小春はモニター越しにそのやりとりを見ながら、ひとつひとつに目を通していった。

 そこに書かれているのは、すべて“あの子を、もう一度使いたい”“もっと前に出してほしい”という言葉。どの依頼も、それぞれのフィールドで、独自の理屈と背景を持っており、単なる模倣や便乗ではなかった。


 そしてそれらの根底には、どれも同じ感想が添えられている。


 ──「画面越しに、物語を感じた」


 ──「見ていると、引き込まれる」


 ──「誰でもないのに、“誰か”に見えてくる」


 小春はふと、以前佐倉が言った言葉を思い出した。


 《あの子の表情は、物語を呼び込む》


 それは確かに、演出された広告モデルではありえない“体温”だった。だからこそ、各方面が「もう一度」を求めてくる──本人がまだ小学生であることも知らずに。


 (このままでは、いつかどこかで“嘘”になる)


 小春はゆっくりと息を吐いた。その引き合いの多さが、むしろ彼女の心をざわつかせていた。

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