第7話 2日目の朝と同僚 三好理央

 朝のオフィスはまだ静かだった。


 時計は八時三十分を少し回ったところ。日向小春はひと足早く出社し、昨日渡された案件資料を読み返していた。


 そこへ、もう一人の若手社員・三好理央がやってきた。肩にかかった明るい栗色の髪が朝日に照らされて揺れている。


「おはようございます、小春さん。早いですね!」


「おはようございます、三好さんも......!」


「昨日聞こうと思ってて聞きそびれちゃったんですけど本当に声優やってたの? しかもアイドル系の?」


 不意の問いかけに、小春は一瞬手を止めた。やっぱりこの話題は避けられないらしい。


「......はい、一応。高校生の頃から、いろいろとお仕事をさせていただいていました。アニメのメインも何本か。それと、ユニットを組んで歌って踊ったりも......」


「えー! 本当ですか!? 検索してもいいですか!? 多分どこかで絶対見てru

よ私......いや、聴いてるか!」


 小春は少しだけ恥ずかしそうに笑った。


「ちなみに、どういった作品をよくご覧になるんですか?」


「最近だと『魔法仕掛けのカレイドナイト』がめっちゃ好きで! あとは『ソラステップ!』も中学生の頃からずっと好きなんです。あれでオタクになりましたから、私!」


 小春は、少しだけためらってから言った。


「......その両方、実は出演させていただいてました」


 収録は半年前に終わっていた。


「えっ!? うそっ!? 何役!? マジで!? 録画見直すわ!!」


 三好の反応は、アニメや声優に詳しい人ならではのリアクションだった。


(昔から、こういう反応には慣れている。でも、漫画やアニメに興味がない人にとっては、“ふーん”で終わるのが普通だった。そういう温度差も、芸能をやっていた頃に何度も経験してきた)


 そこへ、まるで空気を読んだように、定時ぴったりの九時ちょうど、佐倉課長が現れた。スーツ姿にしては少し砕けた雰囲気で、カップホルダー付きのマイボトルを片手に持っている。


「おはよう。さ、朝の定例始めようか。今日は短めで済ませるよ」


(いつも、短めよ)


 三好がささやく。


「またあとで詳しく聞きますからねっ」と目配せしながら自席に戻り、小春も慌てて資料をまとめてミーティングテーブルに向かった。


 朝のミーティングは十五分。内容はシンプルで、今週中に動かすべきクライアント案件の確認と、クリエイティブ一課の今後の動きについての共有だった。


「じゃ、以上。あ、日向さん、少しだけいいかな」


 解散しかけた場で、佐倉が声をかけてきた。


「はい」


「......昨日の話、覚えてる?」


 そう言って、佐倉は自分のデスクに戻り、一冊のノートを引き出した。表紙の角が擦り切れた、年季の入った黒いB5サイズ。


「これ、僕のアイデアノート。広告企画のメモとか、思いついた言葉の断片とか、そういうの。よかったら参考にしてみて」


「ありがとうございます......!」


 ページをめくると、手書きの文字とラフスケッチがびっしり詰まっていた。まだ仕事としては何も形にしていない自分にとって、それは先輩の“頭の中”をのぞき見るような感覚だった。


 広告の世界は、思ったよりもずっと自由で、そして奥が深そうだ――そんな気がして、小春はそっとノートの背表紙をなでた。

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