その17 魔の住む場所
裕貴が目を開くと、周囲は暗い色のレンガや石畳で作られた立派な街で、目の前には噴水と大きな男性の像が建っていた。
ただその男性は頭に立派な角があり、背中から竜のような翼が生えている不思議な姿であった。
「ここってどこなんだろう?少なくとも元の世界じゃないよね。」
「ミュ?」
突然現れた裕貴に驚いたのだろう、周囲の人達が遠巻きに裕貴たちを見ている。
しかしその遠巻きに見ている人達は、肌が青や赤、緑色をしていたり、頭に羊のように両脇からや額から角が生えていたり、細長い尻尾や竜の翼があったり、犬や猫、牛や馬など動物の頭をそのまま乗せたような者など様々な見た目をしていた。
「なんだかサマーリア王国とか僕の元の世界とは全然違う雰囲気の場所だね。」
「ミミュウ。」
少し怖くもワクワクもしていた裕貴が独り言のように呟くとミューが肯定するように鳴く。
「とりあえず誰かに話を聞いてみないと……。」
歩き出そうとしたところ、鎧姿の者たちが裕貴の前に立ちふさがる。
「止まれ!突然現れた者が居ると通報があって来たが……、お前たちは何者だ?」
「こんにちは。あの、僕は裕貴といいます。別な世界から来てしまって、帰る方法を探してここまで来たんです。何かご存じのことはありませんでしょうか?」
裕貴の言葉に彼らは困惑した表情で顔を見合わせる。
「ううむ。たしかに見たこともない姿をしているが……、我らには判断がつかん。とりあえず衛兵隊の詰め所へ同行願いたい。上の物に判断を仰ぐ故、それまで待っていただくことになるがよろしいか?」
「はい。よろしくお願いします。」
裕貴とミューは衛兵たちに付いて彼らの詰め所へ行くことになった。
詰め所の一室。簡素な机と椅子のある中で座って待つこと数時間。特にやることもなくミューと戯れていると、部屋がノックされる。
「お待たせして申し訳ありません。貴方が異世界より来られたという裕貴様ですね?」
現れたのは狼の頭で立派な執事服に身を包んだ男。衛兵隊の詰め所にはまったく似つかわしくはなかった。
「はい、そうです。僕は
「なるほど。少なくともこの魔界の者ではありませんね。突然こちらへ現れたという割にはずいぶんと冷静なようですが、元はどこにおられたのでしょうか?」
「僕は元々住んでいた世界から地上界というところへ来てしまって、そこで元の世界へ帰る方法を探していたんです。いろいろあって竜たちのところで、運命の女神様が導いて下さるということで、竜王様たちに送って貰ったらこの街に居たんです。きっとここでなら元の世界へ変える方法が分かるんじゃないかと思って。」
裕貴の言葉にその男は少し思案するような顔。いや、狼の表情など裕貴には分からないが少し俯き加減で沈黙する姿がそう見えたのだ。
「そうでしたか。私は魔王様の側近を勤めておりますブリードと申します。魔王様より直接貴方の事を見極めるよう仰せつかってまいりました。よろしいでしょう。魔王様の元へお連れします。」
「魔王様……。わかりました。よろしくお願いします。」
ブリードの言葉に、素直に従う裕貴。魔王が裕貴をどうしたいのかは分からないが、魔王というからにはこの国かこの世界の王様のはずだ。裕貴が帰る方法を探すのなら一番の近道だと思ったのだ。
それにサマーリア王国の王様も竜王様も裕貴にはずいぶんと親切にしてくれた。確信は無いが魔王様も親切なのではないかと思ったのだ。
それからブリードに連れられて詰め所を出ると、外に馬車の車部分から車輪を外したようなものが置いてある。装飾は少ないながらピカピカに磨かれており、材質も良い物が使われているようだ。そしてその上に、腕が翼になった竜のような生き物が乗っている。下からでは見づらいが、さらにその背に質素ながらしっかりとした身なりの緑肌の小男が乗っていた。
「あの子は?」
「あれはワイバーン。竜籠で魔王城へお連れします。」
「ワイバーン……。竜たちとは全然違うんですね。」
たしかに腕が翼になって居る以外は竜を全体小さ目にしたような姿をしている。だが言葉も聞こえないし、仕草も鳥のようだ。
「竜ですか。裕貴様の話から察するに裕貴様を魔界へ送ったのは古代竜達でしょう。魔界で暮らしている古代竜も少ないですがおります。彼らはどの世界にも属さない特別な種族ですので、この魔物のワイバーンとは何の関係もありません。飛ぶ姿から竜を連想し、竜籠と名付けられてはいますがね。それでは中へどうぞ。」
ブリードはそう言うと竜籠のドアを開き、裕貴とミューを中へ誘う。
促されるままに乗り込んだ裕貴とミューを連れ、ワイバーンは籠を掴んで空へと飛び立った。
§
魔王城はサマーリア王国の王宮とは違い、分厚い城壁と掘りに囲まれ、大きな跳ね橋が付いている堅牢な物であった。
街中とおなじく暗い色のレンガか石のようなもので出来ており、剣呑な雰囲気を漂わせていた。
竜籠から降りた裕貴とミューは、ブリードに連れられて奥にある謁見の間へと通された。
謁見の間はサマーリア王国の物と違って薄暗く、裕貴の2倍はあろうかと言う大きな門番2人の他には兵は居なかった。
大きな玉座に気だるそうに座っているのは、紫の肌で白目は黒く、青い髪に黒い角。竜のような翼に太い尻尾を持った威厳ある男性だった。着ているものも黒に金の装飾が施された立派なもので、裕貴を見る目は鋭く少し恐ろしくもあった。
「魔王様、異世界からやって来たという人間。裕貴様と彼を守る獣のミュー様をお連れしました。」
恭しく首を垂れるブリード。
それに倣って裕貴もお辞儀をする。
「お前が裕貴か?何故この世界へやってきた。」
問われたので裕貴は顔を上げて口を開く。
「初めまして。仰る通り、僕は裕貴、
裕貴の説明を魔王は表情も変えず聞いていた。裕貴がすっかり話終えると、居住まいを正して真っ直ぐに裕貴を見た。
「人間を見るのはずいぶんと久しぶりだ。運命の女神が世界の壁を修復してから、古代竜たちも世界を渡る翼を失い、人間界との交流も無くなったからな。改めて名乗ろう。我は魔王を勤めている者。名をゲイルと言う。世界の壁が壊れた時、前の魔王は役割を終え、我がその役を引き継いだ。前の魔王は強大な敵と戦い傷つき、世界の壁が修復された後に我に後を託して死んだ。その際、異世界人へ助力をする役目も引き継いだのだ。まさか異世界人がやってくることがあるとは思わなかったが……。」
ゲイルは少し瞑目した後、それからはっきりと裕貴を見た。
「古き盟約は生きている。この世界へ偶然で異世界人が来ることは無い。世界を隔てる壁はそんなに簡単に超えられるものではないからだ。裕貴、お前がこの世界へやって来たのは女神の意思だろう。邪悪な者、魂が曇っている者は女神に選ばれることは無い。それ故この世界へやってきた異世界人には力を貸すよう女神との盟約が人にも古代竜にも我らにも課されているのだ。」
ゲイルはゆっくり頷くと椅子から立ち上がった。
「裕貴よ。魔界は人間界、お前の言う地上界より天界に近い。地上は生き物の命の源たる魔力に満ちているが、魔界は生き物の死の源たる瘴気に満ちている。魔界ではお前が過ごすのは辛かろうが、今お前に異常は見られぬ。その供に居る者はおそらく女神がお前の傍に遣わせたのだろう。その力で瘴気の中でも問題無く過ごせるはずだ。我は運命の女神と交信をする方法を知っている。ただ直接女神と話をするには準備が居る。早くとも1週間はかかるだだろう。その間はこの魔王城で過ごすが良い。ブリード。」
そう言いつつ裕貴の前まで歩いてきたゲイルは傍らに控えていた側近へ声を掛ける。
「は。」
「裕貴に部屋を用意しろ。身の回りの世話はそうだな……ゼピュアなら適任であろう。任せる。我は女神との交信の準備に入る。裕貴よ、必要があれば世話係かブリードに申しつけるがいい。出来る限りのことはしよう。」
「魔王様、ありがとうございます。よろしくお願いします。」
裕貴の言葉にゲイルは深く頷いたのだった。
§
魔王城の一室。
ブリードは裕貴をその部屋へ案内し、自由に使って良いと言ってくれた。
ブリードが退室してしばらくしてからノックの音がする。
「裕貴様、いらっしゃいますでしょうか?」
「はい!何か御用でしょうか?」
ドアの向こうから少女の声がして、返事をして開ける。
「初めまして。私はゼピュアと申します。裕貴様の世話係を任されました。どうぞよろしくお願いします。」
「あ、はい。ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。」
優雅に一礼する彼女に、裕貴も頭を下げる。
紫のセミロングの髪をした、黒い服に白いエプロンの少女。しかしその姿はあまりにも印象的だった。
まず肌が青い。青白いとかではなく真っ青な色の肌をしている。そして目の白目の部分は黒く、瞳は金色。頭の両脇からは羊のそれに似た黒い角が生え、背には小さいがコウモリのような翼。お尻から細長く先端が鏃状になった尻尾が生えていた。
ついでに服のスカートが短く、オーバーニーソックスを履いているが太ももがチラリと除き、胸もなかなか立派だ。
「ええと、聞いてらっしゃると思いますけれど、僕は天利裕貴といいます。これからお世話になります。」
「はい。突然こちらの世界へ来られて大変でしたね。どうかここで過ごしている間はご自分の家と思ってのんびりして下さい。それから私への敬語は不要ですので話しやすいようになさって下さいね。」
にっこりと笑う。衝撃的な容姿ではあるものの、物腰は柔らかく、優しそうな雰囲気であった。
「ありがとうございます。」
裕貴が恐縮している間に、ゼピュアは廊下に置いてあったカートを部屋へ引き込み、手早くお茶の準備をする。
「さぁどうぞ。人間の方のお口に合うかは分かりませんが、魔族も人間も飲食物に大差はありませんから毒の心配はありませんよ。」
「い、いただきます。」
勧められるままに黒い液体に口を付ける。香ばしい香りは淹れている間からも漂っていたし、苦味とコク、甘味を感じる。
「コーヒーだ。砂糖も入ってる?」
「ふふ、そうですよ。裕貴様の世界のコーヒーそのものではありませんけれど、異世界から来られた方が好きだったものですわ。」
楽しそうに頷くゼピュア。
「あの、僕この魔界?について何も知らないのでいろいろ聞いてもいいですか?」
「もちろんです。私で分かることでしたらなんなりとお聞きください。」
ゼピュアの笑顔は、色味や付属品を気にしなければ魅力的だ。たぶん人間の色だったら美少女だろう。もっとも、そのうち慣れれば普通の美少女に見えそうな気もする。
「ええと、魔界の人っていろいろな種族の方がいるんだね。ゼピュアさんは魔王様に似た感じだけど、貴方みたいな方って多いんですか?」
どう表現して良いか分からず言葉を濁す裕貴。ゼピュアは相変わらず微笑んでいる。
「ええ。この世界に住む種族全般は魔界に住む者として魔族と呼ばれます。その中でも私や魔王ゲイル様のような種族はデーモンと呼ばれていますね。見た目は違いますが、人間界の一般的な人間と変わりません。性格や気質は個人による所が大きいですし、得て不得手も同様です。私や魔王様のように翼があるデーモンも多いですが、精々地面から多少浮ける程度でして、鳥のように飛ぶことはできませんわ。あと違いといえば、魔族の中でもとりわけ長命なことでしょうか。私もこう見えて幼少の魔王様のお世話をしたこともあります。古の異世界人の方にも何度かお会いしたことがございますわ。」
楽しそうに話すゼピュア。裕貴が思っていたより遥かに年上だと知って、目が点になる。見た目は少女のようなのに、ずいぶんと落ち着いた雰囲気だと思ったが、おばあちゃんのようだと思うと納得も出来る。もちろん本人にそんなことは言えない。
「あ、もしや私をおばあちゃんのようだと思いました?」
「い、いえそんなことは全然思ってません!」
見透かされたようで首を横に振る。これでは肯定しているようなものだ。
「ふふ、怒ってはいませんよ。裕貴様からすればたしかに、おばあちゃんと言っても差し支えありませんからね。」
「えっ、あ、ハイ……。」
そう言って顔を抱きしめてくる彼女。小柄ではあるが、座った裕貴が抱きしめられると丁度顔が胸に来てドキドキしてしまう。柔らかい感触にほんのりと甘い良い匂い。
「きっとご家族や友人と突然引き離され、見知らぬ世界へ一人で放り出されて心細い想いをされたでしょう。遠慮なさらず、いっぱい甘えて下さって構いませんからね。」
頭を撫でてくる彼女に安心感を覚え、裕貴はそっと目を閉じたのだった。
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