その16 裕貴奪還作戦3

 サマーリア王国の首都、王立魔導研究所の庭にある野外実験場。

 そこには白い磨かれた石のような素材で作られた大きな鳥のオブジェが鎮座していた。


 そのオブジェの前には裕貴を追ってきた美琴、舞、勇にアーシィ、この国の姫であるアクリア姫に魔導研究所の所長であるセイジ、さらに王立大図書館の司書であるセレンもいた。


「まさか本当に1週間で作り上げてしまわれるとは。」

「素晴らしい!美琴殿の発想力、理解力、技術力はどれも人知を超えていると言ってもよい!本当に神の御使いではないのか?」


 瞳をキラキラさせて喜んでいるアクリア姫、興奮して早口になっているセイジに、美琴は首を振った。


「私が特別なんじゃないわ。飛行機は私たちの世界では実用化されている技術だし、向こうで『マナ・リアクター』を開発していたからこの国の魔術や魔道具の理解もすんなり出来た。必要な魔法もすでにほとんど開発されているものの応用で済んだし、これが作れる土壌は整っていたのだもの、そこまで驚くことではないわ。」

「いえ、それでもこれだけ短い時間に形にしてしまうのは尋常ではないと思います。」


 感慨も無くそう言い放った美琴へ、セレンが驚きつつ首を振った。


「まぁ、そこは弟を思う姉の力とでも思って。とにかく物は出来たのだから早いとこ調整して裕貴を迎えに行きましょう。」

「いやしかし、まだ1度も稼働させてはおらぬのですよ?ぶっつけ本番というわけにも……。」

「時間が惜しいの。また追いかけて到着したら居なかったなんてならないためにもね。」

「そうですわ!早く裕貴さんを追いかけませんと。」


 セイジの言うことはもっともなのだが、美琴と舞の気持ちはもう抑えられそうも無かった。


「構造や魔術というのはよくわからないけれど、魔力の制御なら任せてくれていいわ。魔法の効果も確認済みだし飛ばすのに問題はないわよ。」

「ま、天才科学者と魔女さんがこう言ってるんだ。なんとかなると信じて出発するかないだろうぜ。」


 アーシィの言葉に勇も頷く。実の所、2人も平静を装っているだけで、裕貴を迎えに行きたくて気持ちが急いているのは変わらなかった。


「そうでしょうとも。わたくしは皆様が力を合わせた結果を信じます。」


 そう言ってアクリア姫も前に出る。その姿はいつものドレス姿ではなく、動きやすいズボンにジャケット、革のグローブとブーツに、長い髪はまとめて帽子まで被っている。

 さらに胸と腰には金属製で少し装飾の凝った、小さ目の『マナ・リアクター』のような物が付けられている。


「アクリアさんも決意は変わらないようね。」

「はい!裕貴さんが居なくなってしまったのはわたくしが傍を離れたせいもありますでしょうし。それに何より、わたくし自信も裕貴様にお会いしたくてたまらないのです。」


 アクリア姫の言葉に美琴は頷く。


「こっちで再現した限定版マナ・リアクター、『反応魔力装甲』はちゃんと機能するのを実証済みだから大丈夫よ。例え上空でトラブって落ちても、地面に激突したって無傷だから。」

「落ちるのは前提にしないで欲しいな。」


 勇は苦笑する。もっとも落ちるとは微塵も思っていないが。


「アーシィさんは本当に装置を付けなくて大丈夫でしょうか?」

「問題無いわ。その程度の障壁魔法なら自分で張れるし、高所から落下して無傷で降りられる魔法もあるもの。」

「さすがは魔女さんですね。」

「大した事ないわ。こんな短い間にこれだけのものを作ってしまう貴方たちに比べたらね。」


 感心したような舞に肩をすくめるアーシィ。


「それで、セレンさん。裕貴がすでに帰っている可能性もあるのだったかしら?」


 確認するように美琴が言うとセレンは頷く。


「はい。古い記録を全て確認したところ、古の勇者が『運命の女神様』によって導かれ、最後は竜の背に乗ってこの世界から飛び去ったということが判明しました。公式の記録というよりは当時関わった方々の手記に書かれた断片的な情報をつなぎ合わせた結果ではありますが。ここからは考察になりますが、おそらく古代竜たちは女神様となんらかの繋がりがあるのでしょう。もしかしたら世界を渡る特別な力を持った竜が居るのかもしれません。もし、そのような古代竜がいるのだとしたら、裕貴様を元の世界へ返すために迎えに来た可能性もあるのではないかと。」


 セレンの言葉に頷く一同。


「よくぞそこまで調べて下さいました。改めて感謝します。」

「裕貴がこっちの世界に来たこともだけど、神様は人間の事情なんて汲んじゃくれないみたいだものね。」


 アクリア姫と美琴の言葉に深く礼をするセレン。


「それで、裕貴さんを無事に保護できた後は、私たちの世界に帰れるんですよね?」

「それは問題無いわ。デバイスと『次元転送システム』は今も繋がっているし。万が一のことがあっても保険はあるもの。」


 舞の言葉に美琴は頷きつつセイジを見る。


「はい。裕貴様から頼まれていた異世界への転移装置は、こちらの飛行魔道具を優先したため未完成ですが、万一美琴様のデバイスの繋がりが切れた場合には、そちらを汲み上げて『次元転送システム』と接続すれば安定した転移が可能なハズです。なんなら何度も相互に行き来出来る可能性も見えてきましたが、それは裕貴様が無事保護されてからですね。」

「つまりはとにかく裕貴を見つけてからってことだな。」


 結局は勇の言う通りなのだ。とにかく裕貴を探すことを最優先で動いているのだから。


「話はこれくらいにしましょう。セッティングは完了したわ。」


 話している間、デバイスを操作していた美琴が一同へ振り返って頷く。

 それから飛行魔道具へそれぞれが順番に乗り込んで行く。


「アクリア!」


 アクリア姫が乗り込む時、後ろから声を掛けられ振り向くと、護衛の兵たちに囲まれつつ王様と王妃様が立っていた。


「気をつけるのだぞ。」

「本当は行かせたくはありませんが、あなたの決意。母はしかと受け止めました。皆様、どうかアクリアをよろしくお願いします。」

「はい!いってまいります!」


 アクリア姫は力強く返事をし、美琴も頷いた。


 白い鳥を模した形の飛行魔道具は上部、前半分が座席になっており、一番前の鳥の頭状になっているところの上部のみ透明な素材で出来ている。

 そこにある2つの座席のうち、左側が操縦席になるのだ。座るのはもちろん美琴。

 操縦席に座ると、二つのレバーの間にある書見台のような部分に彼女がずっと操作していた本型の『マルチ・マナ・デバイス』を開いて置く。それがこの飛行魔道具の制御を担っている。


 右側に座るのはアーシィ。そちらの席の前には水晶玉のようなものが座席前に埋め込まれており、そこへ彼女が手をかざすことで魔道具全体の魔力の流れを把握できるようになっている。


「皆しっかりベルトはしたわね?」


 美琴の言葉に全員が返事をする。


「機体各部チェック、異常無し。魔力伝達完了。マナ・コンバーター正常稼働。アーシィ、魔力に異常は無い?」

「ええ、問題無いわ。」

「ヨシ。魔力式推進翼起動、制御翼正常。それじゃあ出発するわよ。微速上昇。」


 飛行魔道具はその白い機体に走る溝へ薄い青紫の光を走らせると、羽ばたくことも無くふわりと垂直に上昇していく。

 それを見ていた者たちから歓声が上がった。


「設定高度まで上昇確認。それじゃファイタム山地へ。発進!」


 白い鳥のシルエットが空を滑るように飛び立った。


§


 飛行魔道具の速度は驚くべきもので、身体強化を使った移動でも丸1日かかった王都からグラスプ大森林前の街までほんの数分であった。止まらずそのまま大森林の上を飛んで行く。


「そういやこの飛行魔道具って名前付けなかったんだな。」

「案はいくつかあったけど決めるのに時間使うんだったら作る方に時間使いたかったからね。」


 勇の疑問に美琴が答える。


「命名で揉めたんですか?」

「いや、揉めたというかしっくり来る名前が無かったというか。貴方たちで適当に決めなさいよ。」

「これだけの偉大な発明の名前をそんな風に決めてしまってよろしいのでしょうか?」


 舞の質問にいかにもめんどくさそうに答える美琴。アクリア姫が驚いたように言うのも無理はない。


「聞いても理解できるか分からないけれど、大まかな原理ってどうなっているのかしら。」

「ああ、アーシィは魔法の監修をして貰ったけど、魔術とか魔道具はさっぱりだったものね。じゃあ着くまで少し時間かかるし簡単に説明するわ。」


 美琴は頷いてデバイスを操作し、それから話始める。


「目的地まで自動にしてっと。それじゃ説明するわね。この飛行魔道具は形状は飛行機、というか鳥型にしているけれど、意味はあまりないの。航空力学とか無視しているからね。アーシィやアクリアさんにも分かるように説明すると鳥みたいに風を利用して飛んでいるわけじゃないってことね。」

「そうだったのか。それじゃあなんでこんな形状に?」


 疑問を口にしたのは勇だった。


「一応風は受けるから多少は風の抵抗を受けにくいようにって言うのが1つと、地上から見た時に明らかに変な形状のものが見えたら驚く人もいるかもしれないでしょう?一応鳥の形をしていれば目撃されても変な鳥程度で済むもの。」

「たしかにそうですわね。あまりに制作する期間が短かかったので、国中に周知している時間はありませんでしたもの。いたずらに民を驚かすこともないでしょうから、ご配慮ありがたくぞんじますわ。」


 アクリア姫は座ったまま優雅に礼をするが美琴は苦笑する。


「まぁ魔導研究所からの提案ではあったけれど、別に反対する理由はなかったからそれだけよ。それで構造だけれど、まず材質はピュア・サマーブルという物。サマーリア独自の材質で、元々は大理石のような見た目だったことからサマーブルと名付けられたそうよ。まぁ名前は自動翻訳みたいなものだから言語の整合性は気にしないでね。私たちの世界で言えばセラミックみたいな焼き物系の材質ね。中でもピュアと付くサマーブルは模様の無い真っ白な見た目が特徴で、精製された材料から作られる分、石のような見た目に反して金属のような性質も持つの。衝撃に強く軽くて丈夫。刃物としても使えるからナイフなんかにも使われてるわね。もっとも精製するのに手間がかかるらしくて高級品らしいわ。」


 美琴の説明にアクリア姫が頷く。


「我が国独自の材質で製造法は秘匿されています。ただ難点もありまして、曲げるという加工に適さないのが一番の欠点なのです。製造する際に大まかな形状を決めて作り、余分な部分を削り取るという方法で加工しているのですわ。長い時間が経っても性質が変化しづらく、金属ではありませんので錆びることもありません。ただ耐えられないほどの力がかかると割れるように壊れてしまうのも特徴ですわね。」

「それでこのサイズの物を作るのって結構大変だったんじゃないのか?」


 アクリア姫の説明を聞いていた勇が言う。


「ま、そこは裏技と言うか、やり方があるのよ。実は素材を特殊な方法で魔力を流すことで固めるんだけど、サマーブル同士の隙間に素材を入れて魔力を流すと接着出来るの。ある程度小さ目に作ったサマーブルの板を金属の骨組みに貼り付けて接着する方式で作ったのよ。サマーブルは魔石の粉を素材に混ぜ込むと性質が変化して『導魔材』という魔力が流れやすい素材になってね、それを内部構造に配線のように使用しているの。外装で光ってるのは『導魔材』で周囲の魔力を吸収してる部分ね。」

「それは『マナ・リアクター』と同じようなものですか?」


 舞の質問に美琴は首を振る。


「いいえ。『マナ・リアクター』は電気と魔力の親和性に着目して、回路自体は電気式の物を用いつつも魔力を制御しているのよ。まぁ必要な電力は魔力式の内臓発電機で行っているから『魔力を元に発電して』『電力で回路を動かして』『回路で魔力を制御する』というのがリアクターの大まかな構造なの。この飛行魔道具はこの世界の魔道具と同じように、『魔力そのもので回路を作る』方式を採用してるの。電気式の制御は魔力の無い私たちの世界で作るための苦肉の策だっただけで、こっちなら直接魔力制御回路を作ったほうが簡単で確実だから。」


 美琴はなるべくかみ砕いて説明してくれているが、一番理解出来ているであろう舞でさえ、大まかなイメージ程度しか掴めなかった。ただ、美琴がとんでもない天才であるということだけは美琴以外の4人の共通見解である。


「それでこの飛行魔道具というのは?」

「そうね、かなりざっくり言うと、『魔力で浮いて魔力で推進する乗り物』という物ね。」

「それはそうでしょうけれど?」


 美琴の言葉にアーシィだけではなく全員の頭に疑問符が浮かぶ。美琴は苦笑して続ける。


「そうねぇ、もっと分かりやすく言うなら『魔力を物理的な物を動かす力へ変換してそれで飛んでいる』と言う感じかしら。最初に形状に意味が無いと言った通り、『風を起こしたり制御する魔法で飛んでいる』という方法ではないから正確には『飛行している』と言うのもちょっと違うのね。この飛行方法はアーシィの魔法をヒントに作ったの。航空力学的に飛びやすい形状や風の制御をする方法だと作るのに時間がかかるから、『魔力で物を動かす』という方法で空中を移動する方を採用したのよ。」

「それはもしや、見えない手で物を動かすように、この入物をただ魔力で動かしているだけということでしょうか?」

「そうよ。だからスマートな『飛行』なんかじゃなくてかなりの力押しなのよ。効率はすこぶる悪いけれど、とりあえず『空中を移動する』というのを短時間で実現するのに向いていたのよね。」

「そう聞くと結構な突貫工事だったんだな。それでもこの短い間で形にしたのは天才としか言いようがないが。」


 驚く舞の言葉にかなり乱暴な説明をした美琴。勇はまた胡乱な目になっていた。


「そう聞くと飛行魔道具というよりも入物……いえ、船を魔力に浮かべていると言った方が近いのでしょうか?」

「面白い例えね。まぁ間違っていないと思うわ。」

「二つの世界の力を合わせ作られた船というわけね。ふふ、そう聞くと悪くない気もするわ。」


 アクリア姫の言葉に首肯する美琴。アーシィも笑っている。


「二つの世界が力を合わせた箱舟……。そうですわね、『デュアルアーク』という名前はどうでしょうか?」

「『デュアルアーク』ね。いいじゃない、仰々しくて。響きも悪くないわ。」

「まぁいいんじゃないか?裕貴を助けに行くって意味でも悪くない。」

「『デュアルアーク』!素敵な響きですわ!我が国の歴史に刻まれる名前としても相応しいでしょう。」

「美琴の説明だと簡単にやっているように思えるけれど、実際世界を変えるような大変な代物だもの、そのくらいの名前でもいいかもしれないわね。」


 反応はそれぞれだが、舞の提案に反対する者は居なかった。


 こうして、デュアルアークと名付けられた飛行魔道具は、ファイタム山地、竜の巣へと向って飛行を続けるのだった。

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