その13 銀のはぐれもの

 竜王バーンズの話を聞いた裕貴は、これからどうしたものかと思案する。


「竜妃様にお会いしたいのですが、瞑想が終わるまで待たせてもらっても良いでしょうか?」

「かまわぬ。とはいえ竜の巣は人間が滞在するための物は何もないゆえ、多少不便化もしれぬが。」

「あ、私人間の道具とかいっぱい持ってるよ!ここに居る間私が面倒見てあげるよ!」


 フレアの言葉にバーンズは頷く。


「それがよかろう。連れて来たのはフレアゆえ、お主が責任を持って面倒をみるのだ。」

「はーい!まかせて!」


 フレアの言葉は実に軽い。なぜか犬を拾って来て親に相談する少女が頭を過ったが気のせいだろう。


 それからフレアに連れられてフレアの寝床へ案内される。

 そこは竜の姿のフレアがやっと入れる程度の洞窟で、毛布などいろいろな布が乱雑に敷き詰められており、奥には棚がいくつも無造作に並べられていた。他にもなにか分からないものが無造作に置かれており、差ながらゴミの山のようにも見えた。


「ここが私の寝床だよ。人間の物をいろいろ集めてるんだ。」

「そうなんだ。ええと、それで服を着替えたいし、サマーリア王国の人にも何も言わずに来ちゃったから、一旦戻りたいんだけど。」

「着替えならあるよ!あと王国の人には私から伝えておくから大丈夫。」


 竜の姿なのにニコニコしているように見えるのを不思議に思いつつ、フレアの大丈夫という言葉に胡乱な眼差しを向ける裕貴。


「本当に大丈夫なの?」

「うんうん、大丈夫!ちょっと待ってね。」


 そう言ってフレアは一瞬で人間の姿になり寝床の奥の棚まで行く。それから棚を適当に開くと中から服を取り出していく。


「なんかこの辺から着られそうなの選んで。」

「えぇ。でもこれ女物じゃ?」


 フレアが出してきた服は雑多という言葉が一番合っていた。色もデザインも、男物、女物、なんならサイズも適当であった。一応洗ってあるようだったが、アイロンがかかっているはずもなくしわくちゃである。


「これ、服もそうだけど他のもどうしたの?」


 竜であるフレアが人間のお金を持っているとは思えない。しかし服にしろ棚にしろ明らかに人の手によって作られたものだ。場合によっては盗品や奪った品ではないかと頭をよぎったが、フレアが人間にそんなことをするとは思えないし、竜が暴れたのならサマーリア王国なら記録に残っているだろう。

 フレアはサマーリア王国の王都に現れたのだし、そこから調達した可能性が高いはずだ。


「もちろん買ったんだよ。」

「買ったって、お金は?」

「私の抜けた鱗とかこの辺りで取った木の実や石なんかを持っていくと買い取ってくれるんだ。一応冒険家ってことでいろんなところを周って集めた物を売って生計を立ててるって設定なんだ。」

「設定……。そ、そうなんだ。」


 フレアは笑顔で言う。竜たちの価値観は人間とはかけ離れた物なのではないかと思っていたのだが、フレアは案外人間たちのことを学んでいるようだ。


「人間の姿って竜たちは皆なれるの?」

「ううん。パパとママと私くらいじゃない?練習すれば出来るようになるけど、別に必要ないからね。パパとママは人間と交流があった時から生きてるらしくて、人間の姿になるのも必要だったんだって。」


 フレアの話を聞きつつ服を漁る。ただあまりに乱雑なので着ない服はしっかり畳んでいく事にした。


「そっか。どうして竜たちはこの竜の巣から出ないんだろう?」

「ここは魔力が特に豊富な場所だからね。私たちは自然の魔力を吸収するのがご飯代わりだからここは住みやすいんだ。ただ、人間や魔族と一緒だった時は争いがあったり利用されたりすることが多くて、面倒になったからここでのんびり過ごすことにしたんだって。」

「そうなんだ。竜たちって争いを好まないんだね。」

「うーん、どうだろう。私は人間の街に行くの楽しいけど、他の竜たちはただめんどくさがりなんだと思うな。」

「そ、そっか。」


 裕貴は大きな力を持ちつつも争いを避けて隠れ住んでいる竜たちを、理性的で争いを好まない種族なのだろうと尊敬し出したのに、フレアは『めんどくさがり』の一言で切り捨ててしまった。あるいはフレアの言葉の方が当を得ているのかもしれないが。


「ミューも何か着る?アクセもあるよ!」

「ミュ?」


 裕貴が服を選んでいる間、フレアはまだ棚からいろいろな物を取り出していたが、裕貴の後ろに突っ立っていたミューに目を付けたようだ。


 裕貴はとりあえず自分の着られそうなサイズのシャツとズボンを選んで着替える。


「それだけじゃ地味じゃない?もっといろいろあるよ!」

「あ、いや十分だから。」


 裕貴は遠慮したがジャケットや首飾りや腕輪、靴もしっかりとしたブーツに、ベルトも装飾のある物を選んで着せられる。


「うん!かっこよくなった!」

「あ、ありがとう。」

「ミュー。」

「うわっ、ミューまで。」


 ミューも裾の短いローブにカラフルな布を腰に巻かれ、首飾りや腕輪に足輪、角にまで装飾を付けられている。

 特に嫌がっている素振りは無いが少し飾りすぎだと思う。


「うんうん!いいよ!ミュー可愛い!」

「ミミュウ。」


 フレアに誉められて心なしか自慢げなミュー。


「うん。似合ってる……と思う。ミューはそのままでもキレイだし可愛いと思うけど、そういう風に誉められるの好きだったのかな?」

「ミュー!」


 裕貴に撫でられてご満悦といった感じのミュー。結局ミューに関しては何も分かっては居なかったのだ。


「後で竜王様にミューのこと聞いてみようかな。」

「ミュ?」

「ミューって不思議だよね。なんか話も出来ないし、動物っぽくもないしさ。」

「フレアにも分からないの?」

「うん。ミューみたいな子今まで見たことないよ。」


 思い返してみても、アーシィはさっぱり分からないと言っていたし、サマーリア王国でも聖獣ではないか?という曖昧な推察だけだった。竜たちにも分からないとなれば本当に謎の存在になってしまう。

 案外本当に女神様が裕貴を守るために遣わしてくれたのかもしれないが。


「それじゃ皆の所へ紹介しに行くね。」

「あぁ、うん。しばらくお世話になるんだし挨拶しておきたいからありがたいよ。」


 フレアの言葉に頷く裕貴。フレアも頷くと竜の姿になり、裕貴とミューを頭に乗せた。


「フレアの服って、竜の時どうなってるの?」


 ふと疑問に思って聞く。竜の姿で何かを着ている様子はないので、おそらく裸なのだろう。人間の姿の時も服に見えるだけで身体の一部である可能性もあるが。


「あぁ、変身する時の魔法?でなんかどっかに仕舞ってる。最初は上手くできなくって竜の姿になると服が破けたり脱げたりしたけど、今は人間の時に着た服を仕舞えるようになったよ。ちょっとした道具とかも仕舞えるから割と便利なんだ。」

「そうなんだ。どっかって?」

「わかんない。仕舞えてるからいいんじゃない?」

「ええ……。」


 あまりに適当な返事に困惑する裕貴。あるいは魔女の魔法や精霊魔法と同じく、竜たちの魔法も身体能力の延長なのかもしれない。

 たとえば裕貴も『なぜ2足歩行出来るのか』を聞かれても、出来るものは出来るからとしか言いようがない。もちろん2足歩行の原理や身体の構造など2足歩行できる理由があることは知っているが、それらの知識は持ち合わせていなかった。

 竜たちにとって変身や収納の魔法もそれらと同じく出来るけれど理屈はわからないということなのだろう。


 それから最初に降り立った辺りへフレアに連れられて行くと、来た時より多くの竜たちが集まっていた。

 フレアの頭に裕貴とミューが居るのを見ると、フレアを取り囲むように周りに集まってきた。


「竜王様とは話てきたのか?」

「しばらくは居るの?」

「帰っちゃう?お話し聞きたいな。」

「人間さんてどっち?どっちも人間?」


 またガヤガヤと頭の中に声が響く。大きな声ではないが、離れていても声が小さくなるということもなく、全員が近くで話しているようなものだから質が悪い。


「ストップ!皆聞きたいことがあるのは分かるから一辺に話さないで!裕貴も困っちゃうでしょ。」


 フレアがそう言うと、集まった竜たちは互いに顔を見合わせ静かになる。


「それじゃあまず紹介するわね。異世界から来た裕貴と、裕貴を守ってるよく分からない獣のミューよ。」

天利裕貴あまりゆうきです。よろしくお願いします。」

「ミュー。」


 フレアの頭の上でお辞儀をする裕貴。ミューはいつも通り意味ありげに鳴いた。

 『よろしく』と口々に言う竜たち。中にはお辞儀している竜も居る。表情はそれぞれのように見えるが、皆興味津々と言った様子だ。


「裕貴はママに会いたいから、ママが戻ってくるまで竜の巣に居ることになったの。皆親切にしてあげてね。」


 「わかった」とか「まかせて」とそれぞれに言うのが聞こえる。ここに居る竜たちは協力的なようだ。


「それじゃあ聞きたいことがあったら順番に聞くわ。聞きたいことがある子は手を挙げて!」


 フレアの言葉に竜たちが一斉に手を挙げる。見た目が大きな竜であることを除けば子供の学級会のようにも見える。フレアが言っていた「ただのめんどくさがり」という言葉がしっくりくるような気がして微妙な気持ちになる。


 裕貴としては、意思の疎通が可能なドラゴンには、なんというかもっと威厳というか身体相応に大きな存在であって欲しいと思ってしまうのだ。もちろん竜たちにはそんなことは関係ないと分かってはいるのだけれど。


 フレアが手前に居た黒い竜を指すと、竜たちは手を挙げるのをやめ、指された黒竜に注目する。


「裕貴は異世界から来たってほんと?」

「ほんとだよ。ここじゃない世界から突然来ちゃったんだ。」

「そうなんだ。大変だねぇ。」


 裕貴の話に黒竜だけでなく他の竜たちも頷く。

 それからフレアがまた手を挙げさせ、今度は緑の竜が選ばれる。


「裕貴はこれからどうしたいの?」

「僕は元の世界に帰りたいんだ。竜妃様に会うのも、その方法を聞きたいからなんだよ。」

「そっかぁ。帰れるといいねぇ。」


 また竜たちが皆そろって頷く。

 裕貴は最初、竜たちの威厳の無さに少しがっかりした気持ちだったのだが、この反応を見ているとなんだか彼らはこのままで良い気がしてきた。


 それからお行儀よく並んだ竜たちの質問に答えているうちに日が影って来て、少しお腹が空いてくる。


「結構話したね。日も暮れてきたし、お腹空いて来たんじゃない?」

「あ、うん。ちょっと空いて来たかな。」

「わかった。それじゃあ皆、なにか人間の食べられそうなもの探してきてくれる?」


 フレアが竜たちにそう言うと、口々に「わかった」と言って飛び立って行く。


「大丈夫かな?」

「たぶん大丈夫だよ。私たちは普段ご飯食べないけど、気が向いたら適当に食べることもあるんだ。」

「そ、そうなんだ。なんていうか、自由なんだね。」

「そうだねぇ。特にすることもないから皆適当に生きてるんだよ。」


 フレアはのんきに言う。話した感じ、竜たちはだいぶ素直で、好奇心が旺盛だった。おそらく命の危険というものがまるでなく、食事をしなくてもこの竜の巣に居るだけで生きていけるため、こんなにのんきで素直な性格になったのだろう。


 裕貴が抱いた感想は『臆病さを失くした猫のよう』というものだった。たぶん裕貴に協力してくれているのも、人(竜)の良さもあるだろうが、ただ暇だったというのもある気がする。


 フレアは竜たちに頼んでおいて、そのまま自分の寝床へ裕貴を乗せたまま戻り始める。


「戻っちゃって大丈夫なの?」

「大丈夫でしょ。私の寝床は皆知ってるし。」


 フレアが自由というか適当なのは彼女の性格なのかと思ったが、ここの竜たちは基本的にそんな感じのようだ。ただフレアがめんどくさがりと評した通り、この竜の巣から離れてまで何かをしようということは無いのだろう。


 フレアと供に彼女の寝床へ戻っている最中。崖の端に座り、ずっと空を見ている銀色の竜が居ることに気づいた。


「あの子は?」

「ん?あぁ。あの子はブレイズ。あんまり他の子と話さないで、一匹でああやって空を眺めてることが多いんだ。変わってる子だよ。」

「そうなんだ。」


 今までの竜たちとは明らかに違う雰囲気の彼が少し気になったが、その時はただ通り過ぎただけだった。


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