その12 竜の巣

 裕貴はドレス姿のまま空を飛んでいた。


 赤い竜、フレアの背中から見えた王都はみるみる小さくなって彼方へ消えて行き、次いで大きな森が見えてくる。途中小さく見覚えのある小屋が見えた気がしたがほんの一瞬で視界から消えてしまった。


「ちょ、ちょっとどこへ行くの!?」

「ん?私の住んでるとこ。結界張ってるから苦しくないよね?大丈夫?」

「苦しくは無いよ大丈夫。それよりなんで僕を?」


 理屈は分からないが、あまり声を張らなくても聞こえるようなので話かける。答えも頭の中に直接響くように女の子の声がするので会話は一応成り立っている。


「あなた異世界人なんでしょ?」

「そうだけど、なんで?」

「やっぱり!異世界人は私たち竜族にとって古くからの盟友だって聞かされてたんだ。だからもし見つけたら歓迎して優しくしてやれって。私ずっと会いたいって思ってたんだよね。たまーに人の姿になって街に行ったりしてさ。やっと見つけたからもうびっくりしちゃって。」


 弾む声が頭に響く。どうやら友好的な相手ではあるようだが、さすがにいきなり背に乗せて飛んで行かれるのは困る。


「そ、それはうれしいけど、あの国にはお世話になった人も居るしちゃんと事情を説明してから来ないとだめだよ!いきなりいなくなったら皆心配しちゃうって!」


 裕貴は全力で訴えるがフレアが止まる気配はない。


「そっかぁ。それじゃ後で連れてったって言ってくるよ。とりあえずうちのパパに会って話しよ。元の世界に帰りたいんでしょ?」

「それはそうだけど。帰る方法があるの?」

「私は知らないけど、パパなら知ってると思う。パパが『おじいちゃんが異世界人乗せてたことがある』って言ってたから。」

「異世界人って世界の危機を救った伝説の勇者って人?」

「勇者?ってのは分からないけど世界がなんか危ないのを助けるために協力したんだって聞いたよ。」

「そ、そうなんだ。」


 伝説の異世界人の勇者は少なくともサマーリア王国では遥か昔の出来事として記録に残り、人間より長生きだというアーシィもそういう伝承があるとしか言っていなかった。

 それを「おじいちゃんが乗せていた」と言うことはフレアたち竜は相当な長生きなのだろう。


「その、おじいさんとかも今も居るの?」

「おじいちゃんはずっと前に居なくなっちゃったらしいから分からない。私も会ったこと無いし。」

「そうなんだ。じゃあいまのフレアたちが住んでるところってどのくらいの竜が居るの?」

「竜の巣はねぇ、パパとママとあと結構仲間が居るよ。皆外に出ないでずっと竜の巣と山だけで暮らしてるんだ。」


 フレアの話し方が気安いのでつい裕貴も引っ張られてしまう。身体は大きな竜なのに頭に響いてくる声は女の子のもので、威厳や威圧感とは無縁に思えてしまうのだ。もっとも、今は背中に乗っているので、目の前に立たれたら大きさに圧倒されるかもしれない。


「ほら、みえて来たよ。あそこが竜の巣。」

「あそこ?うわぁ……。」


 見えて来たのは山脈の中でも一際切り立った山だ。ほとんど垂直の崖に囲まれた山の頂上にまばらに木が生えているのが見える。所々に何かいろいろな色のものが見えたのだが、近づくにつれてそれが竜であることが分かる。


「おっし。それじゃあ降りるから捕まっててね。」

「わかっ――うわあぁっ!?」


 降りるという言葉とは裏腹に、フレアは竜の巣へ急降下して行ったのだった。


§


 ファイタム山地の奥地。その頂上にある竜の巣は、よく言えば平和、悪く言えば退屈な場所であった。


 遥か古の時より彼らはこの山地に住んでおり、時おり好奇心が過ぎた個体が外へ飛び出して行く以外は、ほとんどの竜がこの場所でのんびり過ごしたり周囲を飛行して散歩する程度しかやることがなかった。


 そのため、よく外へ遊びに出かけてしまう竜姫フレアが人間と謎の生き物を連れて来たのに、竜たちが興味を持つのは無理からぬことであった。


「着いたよ。」

「あ、うん。ありがとう。」


 半ば攫われたのにお礼を言うのは違う気もするが、ついそう言ってしまう裕貴。

 フレアの背から尻尾を伝って地面に降りると、周囲には沢山の竜が集まって来た。皆多少の違いはあれど、長い首と尾に太い腕と脚、背中に一対の翼膜の有る翼を備え、裕貴がゲームや漫画、アニメで見たドラゴンに近い姿をしていた。

 フレアは赤い鱗でお腹側だけ白かったが、他の竜は青や緑、黒や紫等、色の違いがあって、集まっているとずいぶんカラフルだった。

 しかし、さすがに大きさが大きさなので囲まれると裕貴は圧倒されてしまう。


「なんだ?人間か?」

「フレア様はとうとう人間を攫ってきたのか。」

「これが人間かぁ初めてみた。」

「白い方は何の動物だ?これも人間か?」


 口々に何か言っているが、音として声を発しているというより頭に意味が伝わってくるという感覚で、頭の中がガヤガヤと煩いと言う今までに感じたことがない感覚を味わった。


「ちょっと!皆煩い!せっかく異世界人を連れて来たんだから、パパに会いにいか無きゃ!」


 フレアがそう言うと竜たちが道を開けつつ、『異世界人』という言葉に驚いたり感心したりしている。

 移動は出来るようになったものの相変わらず頭の中に喧騒が響く中、フレアは先導して歩いて行く。


「フレア、ちょ、ちょっと待って。」

「ん?あ、ごめん。小っちゃいから大変だよね。背中に乗せっぱなしのが良かった。」

「それはまぁ。うわっ!」


 フレアは裕貴を摘まむと自分の頭の上に乗せる。ミューは小さな翼を広げ、羽ばたくことなくふわりと浮いて裕貴の隣に来る。

 王宮からフレアが飛び立った時もこうやってフレアの背中へ来たのだろう。


「びっくりした。」

「ごめんごめん。次から持つ時は言うね。」

「そうして……。」


 それからすぐに竜の巣の奥に居る、一際大きな竜が見えてくる。

 フレアの脚だからすぐに着いただけであって、竜の巣そのものは結構な広さだ。もっとも裕貴基準での広さなので、竜たちにとっては手狭なのかもしれない。


 岩の上に寝そべっている大きな竜は、フレアと同じく赤い鱗であるものの、色は若干くすんでおり、体格も良くて、鱗もトゲトゲしく威圧感があった。その一番小さな鱗でさえ裕貴と同じ大きさがありそうだ。


「フレア。また外へ出ていたのか。あまり人間を驚かすものではないぞ。」


 頭に低音が響く。姿どおり威厳のある男性の声だ。


「パパ!大変大変!異世界人!異世界人居たの!」


 フレアが動くたび頭が揺れる。フレアの言っていた結界のおかげか落ちそうになることはないのだが、視界がグラグラ揺れて気持ちが悪い。


「フレア、止めて。揺れる揺れる!」

「ああ、ごめんね。今下すから。」


 フレアは頭の上からそっと裕貴を地面に下す。すると大きな竜は裕貴の姿を認めて目を丸くした。


「なんと!フレアよ、異世界人を連れてきてしまったのか。」

「そうだよ!連れて来たよ!」


 フレアは得意げに胸を張るが、大きな竜の目がジト目に変わる。


「お前はもう少し落ち着いて行動をしろといつも言っておろう。またヒーティに怒られるぞ。」

「えぇ。ママは瞑想に入ってるからしばらく戻ってこないじゃん。」


 言われてフレアは目を反らした。


「ううむ。連れてきてしまったものは仕方がないか。人間よ。我はこの竜の巣のまとめ役であり、竜王と呼ばれておる。名をバーンズという。」

「は、はい。初めまして。僕は裕貴、天利裕貴あまりゆうきと言います。こっちはミュー。」

「ミュー。」


 裕貴が名乗るとバーンズは身体を起こすとゆっくり頷いた。


「裕貴よ。お前が異世界人というのは本当か?」

「はい。僕はこの世界の人間ではありません。突然この世界に来てしまって元の世界に戻る方法を探しているのです。」


 バーンズは裕貴の言葉に頷き、すこし目を閉じて止まる。それから目を開くと話を続けた。


「そうか。元の世界に戻る方法をな。知っておるかは分からぬが、古の時代に我らは壊れた世界で起きた争いを鎮めるべく、運命の女神が連れて来た異世界人に協力していた。その異世界人よりもしまた異世界から人が来ることがあれば協力してやって欲しいと頼まれておるのだ。」


 バーンズの言葉は今まで裕貴がアーシィやサマーリア王国で聞いた伝承に似ているもののどこか違った印象を受ける。


「あの、竜王様。お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「うむ。そう畏まらずともよい。我ら竜は人間の礼儀など分からぬからな。して、何が聞きたい。我に分かることであればなんでも話そう。」


 バーンズは頷く。裕貴は大きさに圧倒されながらも、見た目より親切な竜に問いかける。


「古の時代って何があったんですか?」

「古の時代な。我も幼かった故余り細かなことは分からぬままであったが……、確か魔界と地上界が繋がってしまったのだ。放っておくと異世界や天界にも繋がってしまうと、人間や竜、魔族など頭の良い者たちが集まって考えておったな。原因がなんであったか、危険ゆえ我は避難させられておったので知らんのだがな。」

「そうですか。その異世界人の方って言うのは何をされたんですか?」


 そう言うとまた瞑目して考えた後、口を開くバーンズ。


「確か、人間や竜や魔族など各種族を周って世界に起きている状況を伝え、協力を取り付けたそうだ。その種族からも信頼されておった。我が直接会ったのは1度きりだがな。神々が世界を隔てる壁を修復しておる間、魔界と地上界を行き来しており、我が父はその者を乗せて飛び回っておったそうだ。」


 サマーリン王国では勇者と伝えられていたため、勝手に戦いで活躍したのだと思っていたが、どうも実際は交渉役のような活躍をしたようだった。


「それでその、運命の女神様というのは?僕がこの世界に来てしまったことと関係あるのでしょうか?」


 裕貴の言葉にバーンズは首を傾げる。大きな竜がそんな仕草をするギャップで少し可愛いと思ってしまったのは内緒だ。


「ふぅむ。運命の女神はその時世界を修復するために降臨されたらしい。我は直接目にしておらぬが父はたしかに会って話をしたと言っておったな。混乱する世界を鎮めるため、この世界の外の者に協力を頼んだと言い、異世界人を召喚したという。それゆえ異世界とこの世界を繋げる者といえば運命の女神しか我は知らぬのだ。……お主がこの世界に来た理由は我にも分からぬが、運命の女神がお主を招いたと考えるのが妥当であろうな。」


 裕貴はバーンズの言葉にしばし考える。これまでただ元の世界に帰ることだけを考えて行動しており、今もその目的は変わらないのだが、なぜこの世界に裕貴が来てしまったのかという疑問はずっと頭の片隅にあったのだ。もしかすればその理由が分かり、目的を果たせば元の世界に帰れるのではないかとも思う。


「竜王様、その異世界人は元の世界に帰れたのでしょうか?」


 裕貴のその問いに、バーンズは深く頷いた。


「そのはずだ。世界が修復された後、女神によって元の世界へ帰されたと聞いておる。まぁそれなりに時間はかかったがな。」


 その話に裕貴は一瞬希望を抱いたが、果たして竜の言う『それなりの時間』がどれほどなのかにもよるのだ。もし帰還が叶ってもすでに老人になって居たなんてことになったら笑えない。


「あの、竜王様。女神様に僕を帰してもらえるように頼むことって出来ないのでしょうか?」

「おそらく可能ではある。すまぬが我には明言しかねるが、我が妻、竜妃ヒーティであれば神々と僅かばかり意思を交わすことが出来る。あるいは直接神へ願いを届けることが出来るやもしれぬ。」


 バーンズの言葉に裕貴は目を輝かせた。自分をこの世界へ招いた存在へ直接頼めるなら話は早いはずだ。元の世界へ戻るのに何かしなければならいかも知れないが、意味も分からずこの世界を彷徨うよりはずっと良い。


「その、竜妃様にお会いすることは出来ますか?」

「ああ、ヒーティは今瞑想に入っておってな。竜の巣の向こうにある祈りの場と呼んでおるところに籠って神と意思を交わしておるのだ。まぁ稀に短い時間行っておるだけ故そう時間はかからず戻ってくるだろう。」

「よかった。それでそのどのくらいかかりそうですか?」


 安心して聞くとバーンズはまた少し瞑目してから言う。


「そうさな。今回は10年程度と言っておったか。」

「じゅ、10年……。」


 薄々分かってはいたが竜たちの時間の感覚は長すぎる。10年も足止めされるのであればサマーリア王国で帰還するための魔法を開発してもらった方が早いかもしれない。


「あれ?たしか瞑想に入ったのって10年くらい前じゃなかったっけ?」

「うむ。おそらく数日中には戻てくるであろうな。」

「な、なんだ。よかった。」


 フレアの言葉に頷くバーンズ。どうやら10年足止めされずには済んだらしく今度こそ裕貴は安堵の吐息を漏らしたのだった。

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