なんにもできない罪なボク
チノミミ
その1 幸せな日常
その日も何でもない朝だった。
「ごちそうさま。」
朝食を食べ終え食器をキッチンへ持って行く。
男子高校生にしてはやや小柄で、童顔もあって制服に着られている感もある。
彼の名は
自分では特にとりえのない普通の高校生だと思っている。
「はーい。おそまつさま。」
食器を受け取ったのは母親の
「自分で持って行って偉いねぇ。」
そう言ってデレデレと後ろから抱き付き、裕貴の頭を撫でているのは姉の
「姉さん、僕もう高校生なんだから。」
「いいじゃない。いくつになっても私にとっては可愛い弟だよ。」
裕貴は苦笑しているがもう慣れたものだ。歳が離れた姉弟ということもあり、美琴は裕貴を溺愛していた。
「美琴、その辺にしておきなさい。裕貴は学校だし、お前だって今日は朝から研究室へ行くって言ってなかったか?」
ダイニングでコーヒーを飲んでいた父、
「そうだけど、他の研究員の報告受けるのめんどくさいんだもん。私が全部やった方が早いしさ。だからこうして裕貴成分を補給しないとやる気でないんだよぉ。」
そう言って弟の頭の匂いを嗅ぐ。
天才科学者と評される美琴も、可愛い弟の前では限りなくIQが下がるようだ。
「姉さん、離してぇ。」
「ほーら。遅刻しちゃうから。ね?」
「むぅ。しょうがないなぁ。」
裕貴と母から言われようやく開放した姉。それでも不満そうに未練がましく裕貴の背中を見つめている。
「それじゃいってきます。」
『いってらっしゃい。』
「寄り道しちゃだめだよ?真っ直ぐ帰ってくるんだからね。変な人についてっちゃダメだからね。」
「はいはい。分かってるよ。それじゃあね。」
苦笑する両親と過剰に心配する姉に手を振って玄関を出る。
天利家のいつも通りの朝だった。
§
それから学校の門へ何事も無く着くと、同じ制服の長身の男子が隣へやってくる。
「おはよう裕貴。」
「おはよう
裕貴の幼馴染の
「今日も朝練?」
「ああ。テストも終わったからな。いつも通りだ。」
「そっか。もう夏休み近いもんねぇ。」
並んで歩くと頭一つ分は勇の方が大きい。
剣道部のエースで顔も良く、女子からの人気も高い。もっとも、裕貴と並んでいると別な視線を向けてくる女子もいるようだが、幼いころからの親友という以上の関係ではない。
校門に高級車が停まり、ついそちらに目が行く。
しかし2人、いやこの時間に登校するこの学校の生徒には見慣れた車だ。
「裕貴さん、おはようございます。勇さんも。」
車から降りて来た美人が、2人の所へ歩いてきて挨拶する。
もう一人の幼馴染、
「おはよう舞さん。」
「おはよう舞。なんか俺はおまけみたいだな。」
「あら、分かります?うふふ。」
悪びれた様子もなく笑う舞。3人の間に今更遠慮などないが、勇に当たりが強いというより、裕貴を溺愛していると言った方が正しかった。
「気をつけろよ裕貴。舞に監禁されかねないぞ。」
「ええ。さすがにそんなことはないでしょ。」
「そうですわ。確かに攫われないか心配で宝箱に閉じ込めて置きたいとは思っていますけれど。」
「大丈夫だよ。これでも男だからね。」
腕を振り上げてアピールする裕貴を笑顔で見守る舞。傍目には微笑ましい光景だが、勇は何故か寒気を覚えた。
確かに裕貴の容姿は悪くないが、非常に美形という程でもない。可愛い系男子で社交的なため女子の友人も多いが、男子として人気なのかと言われると微妙な所だ。
「さっさと教室にいこうぜ。」
「そうだね。今日の英語、たぶん僕が指される番だし確認しとかなきゃ。」
昇降口へ向かう勇に、頷いて後に続く裕貴。
「私がお教えしましょうか。」
「大丈夫だよ。確認するだけだし。」
舞の提案に手を振る。裕貴は、いつも世話になっているのでつまらないことで手を煩わせたく無かった。もっとも舞の思いは逆のようだが。
「裕貴は真面目だな。そのくせ成績上位ってわけでもないし。」
「いやぁ、緊張すると忘れちゃったりするし。確認しててもミスしちゃう時もあるからなぁ。」
「うふふ。ちょっと抜けてるところも可愛いですわ。」
幼馴染2人に挟まれながら教室へ向かう。
小さい頃からずっとこうだった。
裕貴はこの時、何事もなく夏休みに入るのだろうと、ただ漠然とそう思っていた。
§
実際何事もなく学校は終わり、放課後になる。
「じゃ、俺は部活行くわ。裕貴はマジで攫われそうで心配だから、明るいうちに帰るんだぞ。」
「大丈夫だって。大げさだなぁ。」
心配そうに言って教室を出ていく勇。裕貴は手を振ってそれを見送った。
「裕貴さん。ごめんなさい。今日は用がありまして一緒には帰れませんの。私と別の車になってしまいますが、送らせますわ。」
「いやいや、大丈夫だよ。一人で帰れるから。そんなに遠くないし高校生なんだからさ。」
「けれど心配ですわ。私なら裕貴さんがお一人で歩いていたらつい攫ってしまいたくなりますもの。」
少々危ない発言はしているものの好意は本物だと分かっている裕貴。ただ、それだけに気が引けて車を出してもらうのは遠慮した。普段は一緒に歩いて帰るのだが、こうして偶に別々になると、こういう提案をしてくる舞。
裕貴を一人にしたくないのだ。
「それはたぶん舞さんだけだから大丈夫だよ。舞さんみたいに資産家の家というわけじゃないし、美人でもないし、僕が攫われるなんてないから。」
「そんなことありませんわ。少なくとも美琴さんは攫いかねません。」
「姉さんはまぁ、甘やかしてくるけど、攫ったりはしないんじゃないかなぁ。」
舞の力説に苦笑する裕貴。家はそれなりに裕福と言えるかもしれないがお金持ちと呼べるほどではない一般家庭だし、顔もそれなりに良いがかっこいいと言うより可愛い系の男子だ。本人的には攫われる要素は皆無だと思っている。
「それより用事があるんでしょ?行かないと。」
「そうですわね。それでは失礼しますけれど、くれぐれもお気をつけ下さいませ。」
お辞儀して去っていく舞。幼馴染たちが去ったのを見送り、裕貴も家路に着くことにした。
「今日は部活も無いし帰ったらどうしようかな。」
一人歩きながらつぶやく裕貴。
部活は科学部に入っているが活動は週2回。今日は部活の無い日だった。
裕貴が科学部を選んだのは、天才と言われた姉に少し憧れたからだ。大学を飛び級で卒業し、数々の論文や発明で実績を残したものの、人に教えるのは面倒という理由で教授職を蹴り、資産家の出資する私設研究所のスカウトを受けた。自由に研究させてもらえるというのもあるが、他でもない裕貴の幼馴染の舞の家が出資者だったからというのもある。
だいぶ我儘を通しているようだが、次々研究成果を発表するものだから誰も文句を言えないようだ。
そんな裕貴の姉、美琴は何より歳の離れた弟である裕貴を溺愛していた。
裕貴の学校行事の際など他の事を全て放りだしても見に来るなどは当たり前で、家に居る時はほとんどくっついているほど。裕貴の勉強が捗らない理由の1つでもあった。
「でも、学校や図書館で勉強してると、家に帰ってないって知れたらすぐ姉さんが飛んでくるからなぁ。」
思い出して苦笑する。
少し困った姉だが家族として好いてはいる。
「舞さんの用事ってなんだったんだろう。まぁ忙しいもんね。」
ふと、舞が用事があると言って帰ったのを思い出す。
彼女は様々な習い事や家の付き合いがあって忙しくしていた。
それでも、余程急ぎ出ない限りは必ず裕貴と一緒に帰っていたし、移動方向が裕貴の家の方であれば急ぐついでとばかりに裕貴も車に乗せて送っていくこともあった。
元々、裕貴の父と彼女の父が縁あって、小さいころから顔見知りであり、勇も含め3人で居ることも多かった。
舞は女子高に行くという話もあったようだが、裕貴と同じ学校に通いたいという理由で今の高校を選んだようだ。もちろん、今の高校も進学校で別段問題が無かったというのもある。
裕貴もこの学校で成績が中の上程度なので、決して頭が悪い方ではないのだが、頭脳は姉と、家の資産は舞と、身体能力では勇と比べがちで、自分は取りえが無いと思い込んでいる節があった。
「皆にお世話になりっぱなしで、何か恩返ししたけど、僕に何が出来るかなぁ。」
日が傾き、少しずつ茜色に染まっていく空を眺めながらつぶやく。
見知った大きな公園の前を通り、家はもうすぐそこだ。
「うーん。家事は母さんの手伝いしてるからそれなりに出来るけど特技ってほどでもないしなぁ。アルバイトとかしてみたいけど、姉さんが絶対許してくれないだろうしな。」
万が一お許しが出たとしても、バイト中ずっと裕貴を見張っているのが容易に想像できる。
「好きな事が夢とか特技になるって言うけど、うーん。本を読むのは好きだけど別に創作出来るってわけでもないし。強いて挙げれば人と仲良くなるのは得意な方だと思うけど……。」
実際、いままでのクラスメイトとは全員友人と言ってもいいほど社交的で、名前も全員覚えている。ただ、まとめ役と言えるほどリーダーシップはないのでクラス委員長等はしたことがなかった。
生徒会に入ろうと思ったこともあったが、姉から強く反対されて止めることになった。裕貴としてもただの思い付きだったので反対されるならとあっさり諦めたのもある。
「僕って恵まれてるよね。いつもいろんな人に助けてもらってばっかりだし。皆の役に立てるようになるのが目標といえば目標だけど、具体的にやりたいこっていうのも思いつかないんだよねぇ。」
腕組みしつつ独り言をつぶやく。
「社交性を活かせる仕事ってなんだろう。営業とか?あとは通訳とか観光案内とか……。とりあえず英語は頑張ったほうがいいかな、うん。」
乏しい知識では名案が浮かぶはずも無く、独り言だけが漏れる。
「考え事してたら暗くなってきちゃった。帰ってないって姉さんに知られたら探しに来そうだし、迷惑かけないように早く帰ろう。」
一旦考えることを止めて歩き出す。ふと見上げた空には星が輝き出している。
そのうち一筋の光がキラリと瞬いて流れる。
「あ、流れ星。小さいころはお願いとかしたな。」
幸運がやってくるようで少し嬉しくなる。
ところが、幸運どころか、その星そのものが裕貴に向かってやってきているよう。
「なんか変じゃない?なんでこっちに……うわぁ!」
思わず背を向けて走り出したが、すでに輝きは背後に迫り、気づいた時には眩い光に包まれていたのだった。
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