別れと出会いと

 少年にとっての大人とは、図体と腕力で語ることしか出来ない畜生だった。父親は少年を恫喝しながら殴りつけ、母親は金切り声で叫びながらものを投げる。動物でも躾ければある程度落ち着いた態度を取れるというのに、彼らは全くであった。

 海賊船が来るよりずっと前から、父は漁師としての仕事が振るわなくなっていた。稼ぎの悪い夫を見限った母は、余所に男を作って家を放棄するようになった。家族という最小単位すら維持できない大人に囲まれて育った少年は、やがて人に頼ることを忘れていく。

 誰かに頼るということは、弱みを見せるに等しい。弱みを見せれば、他人は其処につけ込んでくる。幼いうちから幼くいられなかった少年にとっての家族とは、血縁があるだけの他人だった。

 だからあの日、父の猟師仲間を名乗る男たちが乗り込んできて家中を荒らし回り、父を殺して母を攫っても、何とも思わなかった。彼らの言う「溜まったツケを返してもらう」という言葉が嘘か誠かも、心底どうでも良かった。

 だが、自分が商品にされることまで諦めたつもりはなかった。

 反抗的な態度を取れば殴られ、口答えをすれば葉巻の火を押しつけられる。父親の暴力が戯れに感じられるほど、の暴力は容赦がなかった。

 そんなある日、少年の檻に投げ入れられたモノがあった。

 上等そうな着物を着た白髪の少女で、海賊たちがいい値がつくと言っていた。実際この少女はおとぎ話に出てくる精霊のような、不思議な容貌をしていた。白い髪に、薄紫色の瞳。華奢な手足に、なめらかな肌。きっと、幸福な家庭で大事に育てられた愛娘なのだろう。自分などとは違って。一目でそう理解した。

 足首同士を繋がれたせいで、少年がいつものように反抗すると少女までもが乱暴に引きずられるようになった。それからというもの、少年は態度を改めた。幼い少女の細い足が赤く腫れているのを見てしまったから。

 目尻に涙を浮かべながらも「わたしはへいき。お兄ちゃんのほうがずっと痛い思いしてるもの」と健気に気遣う姿を見てしまったから。


 ある夜、少年は少女とこんな会話をした。


『大丈夫。きっと帰れるよ。俺と違ってあんたはいい家の子みたいだし、きっと親が警邏隊に通報してくれてる』

『お兄ちゃんは……? お兄ちゃんは、お家に帰らなくていいの?』

『俺は別に。っていうか、家族は此処の奴らに殺されたし』

『っ……』

『あ、ごめん。怖い話して。でもまあそういうわけだから、俺のことは気にしなくていいよ』

『お兄ちゃん……』


 底冷えする船倉で、毛布もなく凍える夜。細い体で抱き合いながら話したこと。

 それを藤は、覚えていた。覚えていて、自分の家族に願ったのだ。


「――――つうわけで、急で悪いんだが預かってほしい」


 一夜明け、身支度を整えた雨竜一行は、芒ヶ原孤児院を訪ねていた。

 少年の足には手ぬぐいが巻かれており、此処までの道中は雨竜が背負ってきた。


「ご事情は把握致しました。警護庁とも協力してご家族に起きたことに関しても捜査することに致しましょう」


 養母長の月島が、慈愛に満ちた眼差しを少年に向ける。

 初めて向けられる類いの視線に居心地が悪くなった少年が、もごもごと口を開く。


「別に、あの人たちのことなんてどうでも……」

「あなたはそれで良いかもしれませんが、成功に味を占めた犯人がまた新たな家族を毒牙にかける可能性がありますよ」

「あ……」


 そんな簡単なことにも思い至らなかった自分に恥じ入り、少年が俯く。

 養母長は少年の言動を責めることなく、「では」と続ける。


「病院にも連絡しなければなりませんね。折れていたら大変です」


 一度ズキンズキンと脈打つように痛む足に視線を落とし、少年は養母長を見上げて頭を下げた。


「……これから、よろしくお願いします」

「ええ、此方こそ。此処を新しい家だと思って過ごして頂戴」


 少年に向かってそう言うと、養母長は雨竜たちに向き直った。


「この子は此方でお預かり致します。皆様、ご協力ありがとうございました」

「すまねェ、世話になる」

「よろしくお願い致します」


 雨竜と千鶴はそれぞれ頭を下げて挨拶をすると、養母長に見送られながら孤児院をあとにした。

 少年は警護庁管轄事件の被害者であり生存者でもあるため、すんなりと受け入れてもらうことが出来た。今後は通院や取り調べ等で多少苦労はあるだろうが、あれだけしっかりしていれば馴染むのも早いだろう。


「あ、お帰り、雨竜さん」


 宿に戻ると、藤と遊んでいた歌春が「どうだった?」と問うてきた。その正面では藤も同じことを聞きたそうな顔で、雨竜を見上げている。


「無事預かってもらってきたぜ。足の治療もしてもらえるそうだ」

「そっか、良かった。あそこなら安心だし、これで大丈夫だね」


 心底から安堵して歌春が言うと、藤は立ち上がって雨竜にお辞儀をした。


「お兄ちゃんを助けてくれてありがとう」

「おう。あんたも怖かったろうに、よくがんばったな」


 雨竜が正面にしゃがんで、藤の小さな頭を撫でる。一瞬驚いて目を丸くしたもののすぐにくしゃりと笑い、くすぐったそうな声を漏らし始めた。


「お兄さん。わたし、藤乃っていいます」

「そ、か。四月札、藤に不如帰。……戻れ、藤乃。おれの名は雨竜だ」


 雨竜が正式に親を宣言すると、藤乃は光の粒となって箱に吸い込まれた。

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