再来する悲劇

 アムーレリアの中央区。荒廃した街並みを見下ろす嘗ての領主の館。隣に立つ協力者の言葉が耳を打つ。


「成程。罠にかかった鼠は一匹か。残念だ」


「他は成功しているようなものでしょう? これ以上は高望みと言う者です」 


 想定していた人数では無かったのが些か残念でならないが、その他の目的は達成できた。

 協力者は思いのほか上手く仕事をしたみたいだ。現に起動された魔法陣はその大半が起動し、ゴブリン達を送り込んでくれた。

 起動しなかったものもあるが構わない。現状あるだけの物でも十二分にカバー可能。


「貴様ッ!! これはどういうことだ!!」


 背後の愚物が何やら喚き散らかしている。

 他の愚物は始末した。他でもない目の前の男によって。

 

「無様なものですね」


 思わず口をついてあざけりの言葉が出てしまった。

 あの無能達は少なくとも常識はあった。しかし、この者達はそれすらなく己の欲望の為に全てを失った。 


「そもそもの話、こんな価値の無い国に何故我々が取引しに来たのか、その理由を一度でも考えたことはありますか?」


 考えもしないだろう。判り切った答えだ。

 目の前の愚物の為に判り易く説明してあげましょう。


「全ては計画の為でしかないのですよ。その為に必要な物の一つが広大な土地。誰も見向きもせず、且活動をしても露見しにくい、そんな都合の良い場所」


「つまり、私と協力したのはこのためだと……?」


「協力? 面白い事を言いますね」

 

 クツクツと笑いが零れてしまった。愚物らしい的外れな言葉だ。


、していたのですよ。一度でも対等な立場にいたつもりでいたなど、本気で思っていたのですか?」


 嗚呼、駄目だ。口角を下げるのに苦労する。本当に哀れで滑稽で、徹頭徹尾道化師らしく笑わせてくれる。

 おや……そんなに怯えた顔をしなくても良いではありませんか。余計にそそられる。


「悪趣味な…この景色を見せて心を折ったのなら、さっさと始末すればよいだろう」


 おっと、ついつい要らぬ親切心を出してしまいました。悪い癖は治りませんね。


「いえ、コレにもまだ使い道はあります。君達、ソレを例の場所に」


 私の指令で両隣を抑えていた部下が項垂れるソレを引きずり退室する。

 さて…私も失礼しましょう。面倒ごとに巻き込まれるのは御免ですので。





 外部の雑音が徐々に遠くなってきた。反比例して内部の音が大きくなる。鼓動の音、流れる血潮の音、骨の軋む音、肉の動き。

 どれだけ時間が過ぎたのかはわからない。

 ゴブリンの数は減ってきている……気がする。少なくともライダーとジェネラル連中は殆ど始末した。残った連中は手下と同じように逃げているか、或いは逃げている奴らの統率を無理矢理取ろうとしている。 

 統率されていた光景は何処へやら、今じゃすっかり烏合の衆。上官は何体か残しておくか、ストッパーはあった方が便利だ。ちりじりに逃げられるのは避けられんが、多少は纏まって始末できる。

 

 いつの間にか屋上から弓矢を射ってきた奴らの姿が見えない。どこに消えたのか、多分こいつらと同じように逃げたか。

 どちらにせよ好都合。このまま掃除を続け――


「――っヌゥッ!」


 逃げる群衆に紛れて突貫してくる影が一つ。

 地面を這うように近づいたソレは俺の手前で跳ね上がり、銀色に光る何かが横凪ぎに振るわれる。

 それを振り切って慣性の残っている剣を、強引に引き戻して弾き返――せない。あまりにも不安定な姿勢で受け止めたせいで拮抗状態になってしまった。

 

「……お前が、大将か」


「大将じゃねぇ、キングだ」


「―――っ」


 一瞬、力が緩んだ。

 キングと名乗ったゴブリンは、すかさず蹴りを入れて距離を取った。


「驚いたか? たかがゴブリン、喋れるはずがねぇって思ってたか。まあ仕方ねぇよなソレが普通だ」


 ニヤニヤと嗤いながらソイツが話を続ける。


「苦労したんだぜ? 何せこんな見た目だ、人の言葉を喋れるように何年もかかった」


 喋れる魔物は珍しいが有り得ないことじゃない。ただ、ここまで流暢でない上に何より――日本語を喋っている。


「……転生者」


「お? なんだ、お仲間か? なら同郷のよしみで見逃してくれよ。ただ美人を侍らせてハーレムを作りたいだけだ」


「それは無理だ」


 矛をこっちに向けておいて見逃せなんて都合の良い話は通せない。


「ま、わかってたがな」


 俺の言葉にキングは肩を竦める。わかっていた答えだろうに、何故提案した?

 

「次の言葉は『なら何故聞いた』ってところか? そりゃあ―――



 時間稼ぎだよ」


 っ!? 不味い!!


 奴が手で何かしらの合図をした。俺はこれからくる脅威に対して身構える―――が何も起きない。

 奴にも想定外の事のようで首を傾げ周囲を見渡した。


「――ッチ。逃げやがったか。所詮はゴブリンか、忠誠心なんて高尚なモン期待してた俺が悪かったか……」


 何が起きたかわからんが、想定していた通りに動いていないならば好機だ。

 後頭部をポリポリ掻いている奴に突貫―――まて、何故悠長に独り言をつぶやいている?


「ま、そんな時の為のセカンドプランってやつだな」


 パチン。と指を鳴らした。俺の周囲に何かが投げ込まれた。

 歪な丸い容器で、その上部にはぎりぎりまで短くなった火のついた紐―――導火線


「まずッ―――」


 爆炎が視界を襲った。





「あっぶねぇとこだったぜ」


 ゴブリンキングは未だに燻る煙の中に消えた敵を眺め、そう呟くとゆっくりと息を吐き、緊張で固まっていた己の身体の力を抜いた。

 当初のプランが動かなかった時点で半分死を覚悟していた。よもや失敗作がこれほど効果的に機能したとは思ってもみなかったのだ。


「っとと、いけねぇ。さっさと逃げ出した連中戻さなきゃならん」


 戦いは数。某弟も言っていたからな。俺総帥の側だけど。

 そう呟くと己の国民を呼び戻すために未だに恐慌状態にある彼らの方に身体を向けた。


 この時、キングは己の幸運から目の前の敵から意識を外した。外してしまった。

 故に、音も無く煙の中から現れたソレに気が付くのに一瞬遅れた。


「――はっ?」


 振り返った瞬間、そこにあったのは暗闇。

 湿り気があり、生暖かさを感じる事の出来る、暗闇。

 それが何かを判別する間もなく、自身に走った恐怖のままに避けた。

 しかし、その行動を移すには悲しいかな。致命的とは言わないまでも、一拍遅かった。


 真横をかすめる影、重心が狂い倒れる身体。続いて感じた熱。

 焼きごてを当てられたとも表現できるソレに自身の腕が損失したことを理解した。


「っ嘘だろ……」


 自身を襲った影に視線を向け、そのあまりにも異常な光景に言葉を失った。

 身体は辛うじて人の形をしていた――それだけである。そしてそれは現在もその形を変化させつつある。

 爆ぜ、焼けただれ、骨の見える身体はじゅぐじゅぐと音を立てながらその身体を再構築している最中であり、その上を革の鎧が這いずり回り覆い隠している。

 胴体は蛇の如く異様に伸び始め、鱗の浸食が四肢にまでわたり、その手足は凶器のように鋭くなった。

 尾てい骨に当たる部位に有った尻尾はより長大さを増し、生命としての躍動を感じさせる。

 頭部に至っては人の形を捨てていた。

 よく知る生物に例えるならば、鰐に近しいだろうか。ぐちり、ぐちりと上下に動く度に隙間から零れ落ちるのも構わずに、肉を噛み締め嚥下するその咢は吻の様に長く発達し、かみ合う度に擦れる歯はナイフの様に先端が鋭く、触れただけでも傷を負うであろうことを予想させる。

 垂れた髪から覗く瞳は無機質に動き回り、周囲を見渡している。

 視線が交差する。その瞬間、王が弾かれたように動き出した。


「テメェ等ぼさっとしてねぇで攻撃を仕掛けろ! じゃなけりゃ全員くたばるぞ!!」


 今まで日本語でで命令を下したことは無い。それでも命令通りに攻撃を仕掛けたのは、この危機的状況を前に本能で理解したからなのか。

 さながら大波の様に殺到し、その身体に張り付き攻撃を仕掛ける。文字通り、命懸けで殴り、突き、切り刻む。

 しかし、ソレは矮小なる必死の抵抗を何ら意に介す事無く頭を擡げ、底無しの天井を見上げた。


 ひゅごお、と音を立てながら空気を喰らい、送り込まれた空気は肺を著しく満たし其れが収まる胸を膨らませた。

 

 上下の顎が目一杯開く。粘性の高い唾液が剣歯の間を通り抜け、地面に滴り落ちる。


 膨らんでいた胸が押し戻される。肺に溜まっていた空気と共に、轟音が吐き出された。


 恐らく、この都市の隅に誰かが居たのであれば、発声地と同じ音量で聞くことができたであろう。

 遠く、広く、その勢いを衰えさせる事無く、等しくこの街に轟いたその轟音は、唯一つ、違う点があるとするなら、最初の様な暴力的な衝撃が彼らを襲うことは無かった。


 代わりに、その聲を聞いたもの全ての胸に、恐怖が再来した。


 平民も、騎乗手も、将軍も、王でさえ。等しく膝を突いた。張り付いていたものでさえ、すっかり攻撃の手を止めた。

 そのひと聲で、全てを悟ったのだ。諦めたのだ。攻撃も、防御も、抵抗も、逃亡も、祈ることさえ最早意味を成さない。

 


 開けた口を閉じると、ソレは身動ぎをした。

 身体に付いた塵を振り落とすための、ほんの少しの動き。

 張り付いていた者達はそれで漸く、落ち葉の様にその身体から剥がれ落ちた。


 それに満足そうに鼻を鳴らすと、今度は生きた石像と化した王の方を向く。何の感情を持たないその眼差しは、諦観を宿した彼の眼差しと交差した。


 徐にソレは再び口を開いた。

 先程と同じ工程を辿り、空気が肺を満たし、そして今度は熱を帯び始めた。

 溶鉱炉さながらの光を宿し、赤熱した空気が辺りに充満する。

 

 暫しの時間を掛け、漸くその時は訪れた。

 胸部が圧縮され、空間を焔が支配した。

 その通り道を溶かし、周囲を焼き、そして生きとし生けるもの全てが焔の燃料に焚べられた。

 残るは不気味に照らされ、次の獲物を探すために動き出したソレだけだ。


 その手に握られている剣は理性の欠片か、或いは暴力性の一部か。

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