第5話 君は碧天
「高校って思った以上に自由じゃないんだね。」
「まーなー、でも中学よりも楽しいと思えると思う。恋夏ならきっとな。」
そう言って憂は笑顔をはじけさせた。微笑んだまま前に向き直って、憂は仰向けに倒れ込んだ。
「…!憂…。」
憂は空を見つめて、眩しそうに目を細めた。
「今日はよく晴れてるなぁ。今日は清澄だ。」
「せいちょう?」
「うん、清らかに澄んでるって書いて、清澄。」
「ふーん…。」
憂と同じように私も寝転んでみる。
「!きれいだね。」
「そうなんだよ、空ってきれいなんだよ。」
「そこまで気にしたことなかったな…。」
憂はそういう私を見て微笑んだ後、空に手を伸ばして言った。
「天気って不思議だよね。晴れているだけで人を笑顔にできるんだ。」
「…確かに、天気いいと嬉しくなるね。」
「だよな。」
2人しばらく仰向けで空を眺めていた。薄い雲を眺めているといろいろなものに見えてきて眺めるのも楽しかったし、空を眺めるのに夢中な憂をバレない程度に眺めるのも楽しかった。
空を見ていたら憂がガバッと起き上がった。
「あっ!恋夏日差し大丈夫?!」
「?うん、平気だけど…?」
「いや、俺に合わせて、日焼けとか嫌なのに無理してたら、申し訳ないなって。」
「大丈夫だよ。日焼け止めもしてるし、私が好きだから憂と一緒にいるんだよ。」
「ありがと、恋夏。」
ふわりと微笑んだ憂は、立ち上がって伸びをした。
「んー、やっぱ夏だから暑いよな。」
「うん、まだ7月なのに結構暑いよね…。」
「そんな恋夏に特別な場所につれてってあげよう!」
「特別な場所?」
憂は私に手を差し出して立ち上がらせてくれた。首をかしげる私になにも説明しないまま憂は子供みたいな無邪気な笑みで私の手を引いた。
手を引きながら、憂は楽しそうに語った。
「この先にな、砂浜があるんだ。あんまり人も来ない穴場で海もきれいなんだ。」
「魚港の向こう?」
「そーそー、みんな県外のきれいな海に行くから全然人が来ないんだよ。だからほぼ独り占めなんだよ!」
「ふふっ、そっか。私海なんかあんまり行かないから楽しみ。」
「もうちょっとで着くからな!」
「うん。」
「わ…!」
青くてきれいな海に、白い砂が映えている。所々に岩場があって、いい所なのに人は全然いない。確かに穴場と言えるところだ。
「ここに来るのは漁師のおじさんとかそんなとこで、ほぼ独り占め…いや、二人占めできるんだ!」
無邪気に目をきらきらさせて楽しげに言った。
「ふふっ、そうなんだ。」
「海は空の水色を反射して青色に見えるんだ。」
「そうなんだ、海の青色って見てると落ち着くな…。」
深呼吸して頭に浮かんだフレーズを言葉にしてみる。
「空に繋がるすべてが私の心を晴らしていく…。」
「なんか詩的!」
憂の言葉で一気に現実に戻る、そして、私が口走ってしまったことを思い出す。
「あ、わぁあ!聞かなかったことにしてぇ!」
顔が赤くなっていくような気がする、憂は微笑み私をまっすぐ見つめてくれていた。
「いーじゃん、俺は好きだよ。」
「でも私らしくないし…。」
”私らしくない”その言葉を引き金に、記憶がフラッシュバックする。
『えー?どしたの?恋夏ちゃんらしくないじゃん。笑』
『大丈夫?頭打っちゃったの?笑』
『ちょっと、言い方〜笑』
ズキン
…胸が痛い
昔の出来事、笑ってほしかったからちょっとふざけてみた。それでもみんな私の言葉で笑うわけでもなく感心するわけでもなく、ただ私のことをネタにしてきた。わたしはあろうことかみんなのおもちゃにされてしまった。
過去の出来事の残像に溺れそうになったとき、憂が引き戻してくれた。
「どんな恋夏でも恋夏は恋夏だよ。」
まっすぐ私を見つめ、ふわりと笑みを浮かべ、言ってくれた。
でも私は顔が赤くなっているような気がして、顔を背けて何も言えないまま靴を脱いで海に駆け込む。
「恋夏…。」
「わっ、冷たっ…でも気持ちいい!」
最初は少し戸惑いを見せていた憂だけどすぐに笑顔になって、
「…だろー?そうだ、恋夏濡れてもいい?」
私にそう話しかけながら靴を脱いでこっちにやってきた。
「うん、大丈夫…だけど…?」
そう答えると憂はいたずらっぽく笑みを浮かべ波の中に突っ込んですくい上げた。
「そりゃぁ!!」
そして私に向けて水をかけた。
「きゃっ、やったなぁー?!」
「うわあっ、あははっ。」
二人でしばらく水の掛け合いをした。楽しかった、今までこんなことしたことなくて、今までこんな楽しいことやってこなかったことを後悔する気持ちと、憂が最初で良かったと思う気持ちがせめぎ合っていた。
でもとにかく楽しかった。
しばらくしてお互い息が切れてきたから、岩場に座り込んで沈む夕日を2人並んで眺めた。
「楽しかったー。」
「うん。海ってこんな楽しかったんだね。初めて知った。」
「…恋夏とこれてよかった。今年…。」
”今年”のあと何を言っていたのか聞こえなかったけど、すぐに憂が話題を変えた。
「恋夏、そろそろ日が暮れそうだし帰ろうか?」
「…うん。」
もう少し、憂と夕日を眺めていたかったけど、ここは素直に帰ることにした。
夕焼けを背に、2人並んで歩く。ずっと一緒にいれたらいいな。
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