第29話 攻略の鍵


 学園に到着すると、悪い噂が多く飛び交っていた。

 職員室に来るまでも、沢山の女に手を出していると生徒が噂しているのが聞こえた。具体的には保険医の田村、体育教師の星野、生徒の牧、正規軍の女性幹部、あたりだ。後は別に他の女にも手を出しているのでは? など社会的抹殺が目的な匂いがする噂が別でチラチラと聞こえた。


 まるで揚羽のトラウマを抉るように周囲の者たちが自分を見てひそひそ話を始める光景は何度見ても気分が良いとはいえない。

 どこで吹き込まれたのか暴力教師として力で生徒指導をしていて牧は脅されているなど良くない印象も本格的に強くなってきたようだ。


 印象や心象の操作は比較的に簡単にできるが、それはやり方を知っている人間の話だ。噂の発生源を調べて対処したいところではあるが、虚しくもそんな余裕は揚羽に残されていない。まぁ、予想は付いている。これはあの時と手口が実に似ているからだ。


 職員室に入ると、つい目を背けたくなるような冷たい視線が一斉に向けられた。

 どうやら生徒だけじゃなく教員たちも悪い印象しか持っていないようだ。


 田村と星野から心配そうな眼差しを向けられたが、大丈夫だからとアイコンタクトと身振りで伝え、揚羽はある人物のデスクへと向かった。


「山下主任、おはようございます」


「おっ! 揚羽先生でしたか。おはようございます。今日は身なりも整えていて成長されましたね。これからもその調子で良い教師を目指してください」


 爽やかな笑顔で元気の良い声で答える山下。

 普段の行動や発言が彼の持つ力――影響力だとするなら逃がすわけにはいかない。


「おや? まだなにか私に用がありますか?」


「少しお話しのお時間をいただけませんか?」


「勿論。ここでは他の先生方の準備の邪魔になりそうですし、生徒指導室に行きましょう」


 うげぇ。

 いい思い出が一つもない教室名を聞いた時はなんか嫌な気持ちになったが、自分の役目を全うするためここは我慢する。


「ここなら誰の目もありませんよ。それで私から何が聞きたいのですか?」


「私のことをいつも気にかけてくれている山下主任にまずは感謝の言葉を述べさせてください。今まで本当にありがとうございました」


「あはは。気にしないでください。それより今までとはどういう意味でしょうか?」


「未来が視えているならわかりませんか?」


 カチャ。

 生徒指導室の扉の鍵を閉める。

 これでこの部屋には誰も入って来れない。


 揚羽の雰囲気が変わり、山下の警戒心が強くなる。


「ふっ。未来? そんなもの見える特異体質者などこの世にいませんよ」


「でしょうね。予測を極めれば可能だったりしませんか?」


 いつも冷静な山下の顔が強張る。


「私の動きを制限することで貴方は条件付きで私の未来を見ることができる。だから私の行動を制限しようとした。他の教員から聞きました。ここまで新人教師の行動を制限しようとする貴方は今まで見たことがないと」


「そんなわけないでしょ。落ち着いてください」


 山下は自慢の眼鏡をくいッと持ち上げる。


「私の目は確かに青い。能力は『透き通る世界』の派生で可能性を示唆する程度の能力です。これは元軍人の貴方なら知っているはずだ。なぜなら私のデータベースはそうなっているのですから」


 なぜ今データベースが根拠なのだろう。


「私前職が軍人って言いました?」


「そんなの多くの人が気付いていると思いますよ。少なくとも貴方はこの国の英雄となっても可笑しくない存在だったのですから」


 これについては審議が難しい。

 もう少し情報が欲しい。

 彼が白か黒であるなにか。

 星野のように何かしらの理由があって正体に最初から気づいていたかもしれないから。


「その英雄となるべき男は今のように虐めや陰口に耐えきれず心が病み辞職しましたがね」


「そうでしたか。では今回も辞職されるのですか?」


「ここまで悪い噂が広がった以上、それしかないと考えています。ただし――」


「ただし?」


「『Luminous』を壊滅させて売れ衣を晴らせばその必要はないと考えています」


「つまり揚羽先生は『Luminous』が噂の元凶だと考えているのですか?」


「否定はしません」


「でも『Luminous』は巨大犯罪組織です。どうやって対処されるおつもりですか?」


「オルメス国軍の方に協力をしていただけないかと考えています」


 その言葉を聞いた山下の眉が一瞬動いた。

 揚羽はそれを見逃さなかった。


「この前来ていた総隊長様ですか?」


「えぇ」


「…………」


 返事はない。

 訪れた沈黙に部屋の空気が重たくなっていく。


「前置きはこれくらいにして、そろそろ本題に入りましょう」


「本題とは?」


「昨日私は無断外出をしました。なぜ授業から戻った貴方は何も確認せずに私のデスクに行き、置手紙を書けたのですか? まるでリアルタイムで私の動きがわかっているように見えました。私が学園内にいる可能性はない。そう確信しているようだと第三者に協力してもらい教えて頂きました」


「窓から貴方が外出するのを見ました。しかし外出許可を出していませんでした」


「でも山下先生が授業を行っていた校舎から校門を見るには一度教室を出て廊下にでなければなりません。わざわざ授業中に用もないのに廊下に出ていたのですか?」


「息抜きで廊下に出た所、偶然お出かけする揚羽先生を目撃しました」


 嘘である。

 揚羽昨日魔力探知で常に山下の行動にも目を光らせていた。

 彼は教室から一歩も出ていない。

 わざわざそれを証明する気には時間の無駄過ぎてなれないが。

 すこし葉っぱをかけてみる。


「昨日授業を聞いていた生徒に確認しても問題はありませんか? クラスの生徒一人でもそれを証明してくれたらなにも問題がありませんので」


「それは……」


 もういいだろう。

 このぐらいで。

 この状況なら。パッと返事が出てこない時点で後ろめたさがあると見て問題ないだろう。


「話は変わりますが、小田信奈という教員をご存知ですね?」


「え、えぇ……」


「彼女は今どこにいますか?」


「残念ながら彼女はとある事件に巻き込まれて死亡しておりこの世にもういません」


「彼女に関わる書類は誰が作りましたか?」


「私です」


「彼女にはご両親以外ご家族と呼べる方がいないのはご存知ですか?」


「はい。小田先生は一人っ子で未婚の方でしたから」


「そうでしたか。ちなみに女性の出産ってだいたいどれくらいかご存知ですか?」


「なんです? 急に。七か月から八か月だと思います。私は男性でそう言った面に疎いのでもしかしたら間違っているかもしれませんが」


「そうですか。ちなみに調べたらご両親は王都南区にお住まいのようです」


「は、はぁ……それが?」


「でも彼女の口座は動いているんですよね、それもここ中央区で。そして口座に振り込まれる給料はなぜかここの学園の主任クラスの金額なんですよ。それもちょうど勤続年数二十一年ぐらいのですね」


「つまり彼女が生きていると言いたいのですか?」


「えぇ。学園の主任クラスって本当に権限持ってて凄いですよね。総務課にも関与できるんですから」


「まさか私が悪事を働いていると?」


「いえ。その逆です。本当の山下先生って今どこにいますか? 小田信奈主任」


「はっ!?」


 驚きを隠せないらしく山下が声をだした。

 それは女性の驚き声のように高く部屋に響く声だった。

 間髪入れずに揚羽は遮光性と遮音性が百パーセントに近い特殊な結解を発動し、そこに強度補正を入れる。


「これは黒封結解ッ!」


「はい。そもそも小田信奈という人間は死んでいません。軍の裏切り者がデータを改ざんしているからです。逆に山下総一郎と言う名の教員の口座は全く動いていません。ですが、生きています。それもさっき貴方から聞いた『透き通る世界』の派生の体質を持ってね」


「それで私を閉じ込めた理由とどう関係あるんですか!」


「データと現実が混ざっているんですよ。そして小田信奈先生は生存されている時、一定区域の透視能力を持つ特異体質者で幻術魔法の担当教員だったとか」


「言っている意味がよくわかりません」


「廊下にわざわざでなくても透視能力で学園内に私がいないことがわかれば全て辻褄が合います。そして透視は『透き通る世界』の派生の一つです。そして小田信奈先生が得意とする幻術魔法で他者に変装すれば今の山下主任が出来上がり、私の監視がなぜリアルタイムで出来ていたのか説明が尽きます。そう学園内だとどこにいても私のことを視れた。だから無断外出に対して貴女は厳しかった。違いますか?」


 そして教員資格証で見たことがある小田信奈の姿が目の前に現れた。

 魔法が解け、本来の姿を見せた彼女に揚羽が近づく。

 揚羽は一度田中に連絡を入れておく。


「『Luminous』について知ってること教えてくれませんか?」


「…………」


「では司法取引をしましょう」


 なにも答えない。

 自分は死ぬのだと悟った小田信奈は下を向いたままだ。


「死刑だけは免除します」


「……先生にそんな権限ないでしょ?」


「かもしれませんね。信じるか信じないかはお任せします」


「ならどのみち彼の人生もここまでね」


「きっと貴女が利用していた彼女たちも同じような気持ちだったかもしれません」


「そうね。あんな奴に一目惚れされた時点で私の人生は詰んでいたのかもしれないわね」


「構成員は四人。私・キラ・守護者幻竜魔法師名イージス。拠点は特別監視区域の空軍基地の地下と第三大隊駐屯所全域。守護者幻竜が管轄する部隊は全員私たちの味方。これでいいかしら?」


「ありがとうございます」


「最後に少しいいかしら」


「えぇ」


魔法師名イージスが本気になったら誰もアイツに勝てない。アイツは多くの特異体質者の遺伝子を自分の細胞に組み込んで剣技と魔法に対する耐性を高めているの……そんな奴相手に勝てるの?」


「勝つ以外に道がないのならそうするしかないと思います」


「そう……相変わらずなのね貴方様は。もっと早くこの形で会えていたらね……」


「うん? ……そうかもしれませんね」


 しばらくすると、連絡を受けた田中の直轄部隊がやってきて小田信奈を拘束して連れて行った。その際に小田信奈が持っていたスマートフォンを念のため回収しておく。もしかしたら――役にたつかも。

 彼女が全ての罪を償うことは大変かもしれない。

 後のことは女王陛下や田中の仕事だ。

 一般人が罪人の罪を決める権利など持ち合わせていないのだから。

 ただし田中には最初から死刑だけは避けて欲しいとメッセージを送っていた。

 理由は過去の経験からこうなることが目に見えていたからだ。

 これも田中に対して強い影響力を持っているからできる技だ。

 まぁ他にも理由があるのだが……。

 『Luminous』の排除。

 その全てが今まで不明に包まれていた。

 そのベールがようやくはがれようとしている。

 この機会を逃す手はない。


 ――これはオルメス国の総意でもあると思う



 生徒指導室を出ると田村と星野が居た。


「大変です! 体育の授業をしていたら牧さんが霧のように消えてしまって、……それからどこにもいません!」


 その言葉に……揚羽は舌打ちした。

 すぐに準備を整え、戦場へと向かった。

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