ペアを組めないカード
あらやかきて
第1話 ジョーカーとの再会
「トランプの大富豪で、君を喩えたら、キングやエースにすぎないね。残念だけど、僕みたいなジョーカーとは張り合えないよ」
その口ぶりに喧嘩を売ろうとしている様子はなかった。満面の笑みを浮かべて、そう言い放っていた。彼を久しぶりに思い出し、私の顔が火照っていた。
彼と過ごした日々の甘酸っぱさに照れたわけではなかった。男を見抜く能力が著しく欠けていた過去の自分自身が恥ずかしかったのだ。
十年が経っていたのか。高校の修学旅行で彼と大富豪をした夜は、まるで数日前のように、はっきりと蘇っていた。
そもそもナミが遅刻しなければ、彼のことなんて思い出すこともなかった。もう五分も待ち合わせ時間を過ぎていた。スマホの画面の時刻を見て、小さく舌打ちしていた。
待ち合わせ時刻の二十分前に新宿駅に到着していた私は、改札前で待つのも辛く、歩き回って時間を潰していた。駅ビルのトイレの鏡を借りてリップを軽く塗り直し、アパレルショップの店先のマネキンを眺めながら、今年の流行を確認していた。
それだけ時間を潰しても、地下の改札には待ち合わせ時刻の七分前に戻ってきてしまっていた。
いつものハンドクリームを忘れたことに気づき、改札前の小さなコンビニに入ることにした。店内に流れる音楽は、最近よく耳にする曲だった。小気味よいリズムに、特徴的な透き通った声がマッチしていた。
心地よかった。何より素晴らしいのは、ボーカルの女性の声だった。淀みのない清流を思わせる透明感のある声だった。その歌声に、つい足取りも軽やかになっていた。目当てのハンドクリームを見つけて、満たされた気分になっていた。
コンビニの外に出ると、数日前から急に冷たく感じ始めた風が、地下にまで吹き込んでいた。頬を撫で、乾燥した肌がピンと張った気がした。冷たい風と改札前の人混みから隠れるように柱の陰に避難すると、カバンからスマホを取り出していた。
スマホの画面には新たな通知はなかった。つまり、ナミからの連絡もなかった。待ち合わせ直前に連絡がないということは、珍しく遅刻せずに現れるかもしれない。あるいは、まだ寝ていて遅刻の連絡もできないのかもしれなかった。
ナミが時間通りに来ることに淡い期待を寄せながら、スマホを弄って待つことにしていた。いつもの手癖でSNSのアプリを起動させていた。
アプリが立ち上がり、真っ先に表示されたのが、挑戦的な不愉快な笑顔の彼と、その隣で笑顔を作ろうと表情を作る女のツーショット写真だった。彼の隣の女は、お世辞にも美人とは程遠かった。
女は彫りが浅く、ゆで卵のような地味な顔だった。
彼らの指に輝くものが、カップルであることを主張していた。揃って左手の甲を見せつけるようなポーズをとっており、薬指には装飾の少ないシンプルな指輪がはめられていた。
結婚していたんだ。できたんだ。でも、この女か。
もう少し綺麗な人と結婚できなかったのだろうか。私と無縁となった男を憂うと同時に、悔しさもあった。
仮にも私の元彼なのだ。元彼の名に恥じないよう、もっと綺麗な人と結ばれてほしかった。元彼がどんな人と結婚したって、私の価値が下がるわけではない。しかし、私とこの女が彼の女性遍歴の一覧に並ぶことが悔しかった。
そして、彼のジョーカーのような笑顔は、学生時代の記憶を蘇らせていた。あの修学旅行の夜に見せた笑顔と、SNSの写真の笑顔は重なっていた。
「残念だけど、僕みたいなジョーカーとは張り合えないよ」
どんな経緯で彼の内面に隠れていたその言葉が表に出たかは、いまだに理解できなかったし、理解しようとも思わなかった。
自信家の彼は、たびたび自分に対して肯定的な発言をしていた。交際当初は、尊敬の念を込めて彼の発言を解釈していた。実際、彼は他の追随を許さないような才を持っていたのかもしれなかった。
学業面での成績は申し分なかったし、だからといって運動神経も悪くなかった。顔だって整っていたし、身長も平均以上だった。
たしかに、彼を大富豪のトランプで喩えるなら、ジョーカーに例えられるような欠点のない人物かもしれなかった。ただし、その性格を除けば、だ。
彼の能力と溢れる自信は、あの時の私には魅力的に見えていた。こんなにも恵まれた才能を持った彼と付き合っていることは、当時の私にとって自慢でもあった。
あれから十年も経っていた。どうりで私の価値観も成熟してきたようだ。彼と別れたことは正しい判断だったと、確信できていた。そして、あんな男に心を許しかけた過去の事実を消し去りたかった。
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