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二日ぶりの外だった。
強い春風が頬に当たる。
蒼はマンションを背に、駅へと続く商店街を歩き出した。靴の裏が固く感じる。
一昨日、蒼は新幹線のホームで兄と合流し、電車を乗り継ぎ、この道をマンションまで歩いてきた。逆にたどれば中野駅に着くだろう。あとは電車に乗っておおきな駅で降りれば家電量販店があるはずだ。
新宿とか、秋葉原とか。
テレビで見ていた有名な街。
そのこんな近くに自分の兄が住んでいたなんて。「東京に兄がいる」ことは知っていたが、それは蒼にとって「親類がアメリカにいる」くらいの遠いイメージでしかなかった。
十五も歳がちがうと、そもそも兄弟という認識があまりない。それだけ離れているのは、父親が違うからだ。
母は、兄を連れて、蒼の父と再婚した。そして、彼女は蒼を産んだあと、蒼の父とも別れた。いまは三度目の結婚を控えている。
大人たちのあいだでどんな話し合いがあったのか、蒼は知らない。
結果だけを母が言った。
「お兄ちゃんと都会暮らしなんていいじゃない。ね? 蒼も楽しみでしょ」
蒼はうなずくしかなかった。その声の裏に、あの夜とおなじ気配を感じて。
深夜、母は蒼の首を絞めにくる。ごくたまに。幼いころは夢だと思っていた。普段、母が蒼に手をあげるようなことはなかったからだ。
これは現実だ、と確信を持ったのは小学校にあがった後だった。とはいえ、十秒ほどの短い時間で終わる。朝には、いつもどおりの母がいる。訳がわからなかった。母は病気なのか。それとも自分がなにかやらかしたのか。
わからないから、蒼はそっと蓋をした。
年に一度くらいのことで、母本人にも、だれにも、その話をしたことはない。
そもそも会話の少ない家族関係だった。東京に出たあと、兄がなにをしているのか、そういうことも共有されない――。
中野駅に着いた。蒼はマンションからここまで、ずっとコンクリートの上を歩いてきた。地元とちがって、土や砂がない。あるのだろうが、舗装に隠されて見えない。
この足元の厚みはどのくらいだろう。なんだか心許なく思えた。
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