第37話:「白炎の審判(Shin)」
炎が、空から降ってきた。
それは朱でもなく、紅でもなく、白だった。
透明に近いその光の帯は、空気を震わせ、世界の輪郭を焼くようにして降臨した。
私はその中心にいた。
ここはホドとネツァクの中間、理性と情熱がぶつかり合うパス。
そして今、その交差点は、まるで審判の法廷のように静まり返っていた。
風もなく、音もない。
けれど、あらゆる記憶が、過去が、選択が――燃えていた。
白炎はただそこに在り、問うてくる。
「おまえは、誰なのか?」
私は答えられなかった。
イェソドで自分を統合したはずだった。
影と向き合い、痛みも、夢も、飲み込んだ。
それでも、この火の前では、まだ足りなかったのだ。
炎の中から、ひとつの“像”が現れた。
それは、ネツァクの私だった。
衝動にまかせて突き進み、勝利だけを信じていたころの私。
激情と芸術と、孤独な美に酔っていた、若き日の“戦士”だった。
「なぜ、変わった?」
彼は問う。
「なぜ、もっと信じて貫かない?
熱で焼き尽くして、前だけを見て進めばよかっただろう?」
私は言葉に詰まった。
そして別の“像”が現れる。
今度はホドの私。
言葉を重ね、論理にすがり、間違わぬよう慎重に歩いてきた“賢者”。
「なぜ、迷う?」
彼もまた問いかける。
「冷静に分析すれば、進むべき道は見えるはずだ。
何が正しく、何が間違いか、もうわかっているだろう?」
私は、二人の“私”に挟まれていた。
情熱と理性。
衝動と思慮。
勝利と栄光。
どちらも私の一部だった。
どちらかを否定すれば、もう一方も崩れる。
私は両腕を広げた。
左右から迫る白炎が、その腕に触れる。
熱い。
けれど、それは焼くための熱ではなかった。
それは――照らすための熱だった。
「……わかった」
私は言った。
「どちらかを選ぶ必要なんて、最初からなかった。
私は、“両方”でできている。
理性と情熱、戦いと祈り、光と影――
それが私だ」
そう言った瞬間、二人の“私”が笑った。
どこか、安堵したように。
そして、そのまま白炎に溶けていく。
炎は私の身体の中心を貫き、
心臓を、脳を、魂の核を貫通して、
私をもう一度“最初”に戻していった。
そこは、始まりの白だった。
声がした。
「審判とは、裁きではない。
それは“見極め”であり、
“統合”であり、
“復活”だ」
白炎が晴れていく。
私の周囲には、すべての道が再び開いていた。
ネツァクの煌めき。
ホドの静謐。
イェソドの湖面。
そして――マルクトの大地。
私は、今、選ぶことができる自分になったのだ。
火は消えていた。
けれど、その熱は、私の中心に灯り続けていた。
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