第37話 宝剣の進化
ゆっくりと近づく彼女の手刀の鋭い爪。
もう避けることはできない。
確実に彼の顔を抉り取ってくるはずだった。
だが、突然、その爪は遠ざかる。
いや、アグロボロネアが吹き飛んだのだ。
「なっ……何が?」
「王子、ロアは強い娘です。攻撃の一回や二回当たったところで大したことにはなりません。……立て! あなたの覚悟はそんなものではないはずだ」
雪の上に倒れるフェルフリードの前に長身の男性が背を向けて立っていた。軍服に黒いマントで身を隠すように纏い、腰には剣を携えている黒髪の男性。そのさらっとした艶のある髪は背まで流れている。
「あなたは……」
「ブレイヴ・ヴィアモンテ」
振り返りそう名乗ったその男は他人を寄せ付けない冷たい雰囲気を醸しつつも整った顔なため、様になって見えてしまう。その鋭い目付きが尚更冷たさを助長させている。
「ヴィアモンテ……」
「はい。察しの通りロアの兄です」
それだけ言ってブレイヴは蹴り飛ばしたアグロボロネアに目を向ける。
「あなたは……あのときの‼」
ぎっと歯噛みして睨み付けるアグロボロネア。
だが、ブレイヴは少し顔を顰めつつも憎悪によるダメージは受けていない。
「あのときは不覚を取ったが、まさか妹の身体を使っているとはな。おかげで貴様の憎悪とやらも何も感じない」
アグロボロネアは冷静になって笑みを浮かべている。
「フフフ、強気な態度ですが利き腕のないあなたに何ができるというのです?」
ようやく立ち上がったフェルフリードは口元の血を拭って目を向ける。
すると、風ではためくブレイヴのマントの隙間からはためく右腕の袖が見えた。
右腕がなかった。
「ブレイヴ殿……」
「以前、奴と戦ったときに……自ら斬り落としました」
彼女の憎悪を撥ねのけるためにブレイヴは痛みを取ったのだろう。
フェルフリードはどれほどの状況だったのか想像が難しかったが、彼が間違った選択をするとは初対面ながらに思えなかった。
「フフフ、あなたは弱くなり私はあのときよりも強くなりました。力の差は歴然なことをわからないあなたではないでしょう?」
すると、ブレイヴは笑みを浮かべる。
「何を言っている。戦うのは私ではない」
ブレイヴは隣に立ったフェルフリードの背を押す。
「ブレイヴ殿……」
「妹を……ロアを助けるのはあなたの役目だ」
「しかし……方法が……」
すると、ブレイヴはさらに思いっきりドンッとフェルフリードの背を叩く。
「かっ……」
肺の中の空気が全て吐き出してしまうほどの衝撃に蹌踉めいてしまう。
「王子、彼女の前で弱気になってはいけません。あなたがロアを助けないでどうするのです!」
確かに、あれだけロアを守ると豪語していた自分自身。ところが今はどうだ。いつの間にかもうできることはないと。全てを出し尽くしたと諦めてしまっている。
フェルフリードは拳を握り自分の眉間に打ち付ける。血がたらーっと額から鼻に、そして雪の上に滴る。
「どうかしていました」
「ようやく……噂に聞いていた王子に戻ったようだ」
「ですが、悔しいことですが方法がないことは事実です。いくら私が……」
「王子、あなたの覚悟は?」
ブレイヴはフェルフリードの言葉の途中で声を挟む。
「ロア殿が助かるのなら全てを失っても構わない」
即答だった。
「それを効いて安心しました。今のあなたになら託すことができる」
ブレイヴは満足そうに頷いて懐から書物を取り出した。
「……それは、まさか!」
アグロボロネアの顔は驚きに染まる。
彼女はそれが何かわかっているようだがフェルフリードにさっぱりだ。
そして、ブレイヴはその書物を開きフェルフリードが握る宝剣に触れさせた。
「なっ……」
すると、宝剣は目が眩むほどの輝きを放ち始める。まるで光その物かと見紛うほどの輝きを放つ真っ白な刀身にフェルフリードは唖然とする。
アグロボロネアも目を点にして驚いていた。
しかし、その驚きはフェルフリードのものとは別軸であった。
「ま、まさか……“属性変化”を扱えるなんて」
「……あなたほどではありません。二年もかかってようやくこの程度しかできませんでした。この世界のどこを探してもあなたを超える者など存在しないでしょう」
本当に尊敬の念をアグロボロネアに抱いているようでこの場だけはブレイヴは彼女に対して敬語を使っていた。
「ブレイヴ殿これは……」
「魔を絶つ剣、宝剣ルミナス。この状態は長く続きません。王子、ロアを助けてください」
フェルフリードは無言で頷く。
質問をしている暇なんてないことは宝剣の輝きを見れば明らかだ。徐々に弱まり始めている。
フェルフリードはその場でアグロボロネアに切っ先を向ける。
彼女は動揺を隠せずに一歩後退りをして見せた。
今までの彼女であれば見せるはずのない姿だ。
この剣を怯えている。
確信したフェルフリードは両手で宝剣を握り直し勢いよく地面を蹴った。
もう迷わない。
「あなたなんて……あなたごときに‼」
ぐっとフェルフリードに目に見えない圧が加わる。
それは精神に直接、恐怖、不安、苦しみといった負の感情が雪崩れ込んでくる。
だが、フェルフリードはもう屈服しない。彼にはそれを撥ねのけるほどの光がある。希望がある。
「ぐっ……なぜです。なぜ、王族に……あんな人たちの子孫がこれほどの……理不尽……理不尽です‼ この世界は‼ また私を‼ どれほど私を‼ 許さない‼」
すぐ目の前まで迫ってきたフェルフリードにアグロボロネアは拳を突き出した。
今までの彼女にあるまじき隙だらけの一撃。
そんな愚直な攻撃を躱せないフェルフリードではない。
「ロア殿を返して貰うぞ‼」
そして、フェルフリードは全力で宝剣を振り抜いた。
「きゃああああああああ‼」
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