第3章 救いのない世界
第22話 夢の始まり
自分の身体が自分のものではない感覚。視界が開くとそこは私の知っている光景ではありませんでした。
どこ? ここは? 私は眠っていた……なっ。
驚きで思考が止まってしまいます。
鏡に映った私は私の姿をしていなかったからです。
私と同じ金の髪、ただ顔は違います。
女の私ですら見惚れてしまうほど美しかったです。
ただ……。
「隈が凄い」
うーんと座ったままうーんと伸びをします。
そうです。眼鏡に隠れていましたが隈が……って私は言葉を出そうとはしていません。身体も動かそうとはしていません。勝手に動いています。
私は身体や声を出そうと念じますが何も反応ないどころか、私の意志とは反して違う行動をしていました。
どうやら、私の意志では何もできないようです。不思議な空間ですが……私はもう不思議に慣れました。
ただただこの光景を見せられている。私はその流れに身を任せることしかできませんでした。
年中、雪が降り続ける辺境の地。
密閉した部屋に常に暖炉に火をくべ続けなければ身体が勝手に震えだして、とてもまともに暮らせる環境ではない。
そんな辺境の地には一つの村と、そこから少し離れたところにぽつりと一つの館が建っている。
その館の一室に籠り続けているのがフィリリオーネ。ヘリベール王国の齢が十八になる第三王女だ。
美しく流れる金色の髪はしばらく湯浴みをしていない。それにもかかわらず、煌めきは健在で一切の汚れを感じない。
服装にも乱れはなく大きすぎないその双丘は彼女のスタイルの良さを際立たせている。
肘をついた手を頭の上に乗せて顔を顰めながら羽ペンを走らせるというとても妙齢の女性にふさわしくない姿でも絵になってしまう。
部屋は何日も掃除なんて知らないほど書物や紙などが散乱してかなり埃っぽい。
しかし、部屋を照らすランプがまた良い雰囲気を作り出している。
「少し。あと少しで……」
くしゃっと頭に乗せていた手で髪を握りしめる。
しかし、絡まることなく全てがすり抜けてしまう。
フィリリオーネは魔法と呼ばれる奇跡の力を研究していた。
彼女が見つけ出した常識の全てを覆すほどの超常の力。その研究がようやく第一段階の終わりを迎えそうなのだ。
そのとき、がちゃっと扉が開いた。
フィリリオーネは振り向くとそこには今年で六歳になる弟のリオンの姿があった。
リオンはとことこと小走りで向かってきてフィリリオーネの身体に顔を埋めた。
「リオン、扉を開くときはノックをしなさいと言っているでしょう」
「……がめんなしゃい」
埋めたままのリオンから高い声が籠もって聞こえる。
それに思わずフィリリオーネは微笑み、リオンの頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「姉さま、ごはんできた‼」
「ごはん……そう、もうそんな時間」
「そんなではありません!」
扉の外から女性の声が聞こえてきた。
そこには黒の服に白のエプロンを身に着けた侍女のケイトが立っていた。年齢はフィリリオーネよりも一〇歳ほど上だろうか。
彼女の顔には呆れの文字が浮かび上がっている。
「フィオーネ様、もう丸一日はお食事をされていませんよ。それほど根を詰めずに適度に休息をお取りになっては?」
フィオーネ。
フィリリオーネと親しい人は彼女のことをそう呼ぶ。
侍女であるケイトはフィリリオーネを赤子のころから面倒を見てくれている。二人の間には本当の姉妹と同じほどの絆がある。
「だけど、早く完成させないと」
「それほどまでに民たちのことを」
「……いいえ」
フィリリオーネは静かに首を振った。
「民のためなんて口実に過ぎませんわ」
確かに口では民の生活のために、長く続いている戦争を終わらせる抑止力として、と言ってきていた。
しかし、この研究を本格的に始めたのはこの地に配流されてからだ。
そう、フィリリオーネとリオンの姉弟は流罪となってこの地に飛ばされたのだ。
表向きはこの辺境の地を治める領主だが、領地から出る自由は許されておらず地境の近くには警備兵が配備されておりお忍びで出ることも叶わない。
実質的な流罪だ。
原因はフィリリオーネのことを良く思わない第一王子の兄と第一王女である姉にある。彼らは父親の妾の子であったフィリリオーネとリオンを毛嫌いしていた。
第一王女に関しては美貌こそあれ性格がねじ曲がっているせいで何度も出戻りをしているため常に苛立っていることが原因かもしれない。
加えてフィリリオーネに特別な才能、魔法と呼ぶ奇跡の才があった。
それに妬み嫉妬した兄たちが父である王にフィリリオーネが反逆の恐れがあると讒言したことでこの地に飛ばされたのだ。
重臣たちは完全に兄たちの味方であり、唯一のフィリリオーネの味方をしてくれた第二王女は有力貴族の下に嫁いでいった。
これにより王に忠言する者はいなくなってしまった。
以前までの王ならばそんな讒言など耳に貸すはずがなかった。しかし、老いと隣国の侵攻で精神が疲弊している王には少しの危険分子でさえ大きな脅威と感じ見逃すことができなかったのだ。
だからこそ、フィリリオーネは自身の魔法という才能が脅威ではなく王国にとっての利益であることの証明を行わなければならない。
それが認められればフィリリオーネは自分と弟の赦免を願い出て城に戻ることができる。さらには魔法の第一人者として兄たちが簡単には手出しができない地位も得られるはず。
フィリリオーネは今まで隠してきたことを口にしていく。
「リオンにはこの地の環境は厳しいですもの」
病弱であるリオンはすぐに身体を壊してしまう。
この極寒の環境であればなおさらだ。
一刻も早く帰参を命じられることを夢見てフィリリオーネは足掻き続ける。
「あなたには感謝しています。こんなところにまで付いてきてもらって」
実質的な流罪が決まりフィリリオーネの下からどんどんと人が離れていったが唯一ケイトだけはここまで付いてきてくれた。
フィリリオーネは改めて感謝を述べて頭を下げる。
「おやめください。フィオーネ様の配下として当然のことです!」
「ありがとう。……もう少しだから」
「もう少し……では!」
「ええ、研究の成果の報告書を一月程前に送ったの。もうすぐ返事が来るはず」
「あ、もしかして」
「ええ」
そのときに文を出してくれるように頼んだのは他でもないケイトだ。
ケイトは無事にその文を地境の警備兵に届けてくれた。
「もうすぐ、もうすぐこの罪人同然の扱いも報われるわ」
「本当に、本当にようございます。姫様と若君の苦労を思うと……」
ケイトは涙を流して腰が崩れ落ちた。
それをフィリリオーネは優しく撫でてあげる。
「あー姉さま。ケイトを泣かせた!」
「えっ、ちがっ」
リオンが口を尖らせてぷんぷんと怒っている。
「違うのです。若様、嬉しいのでございます」
ケイトがようやく落ち着いて立ち上がる。
「もうすぐしたら調整が終わりますので先に食べていてください」
「ほどほどに……ですよ」
ケイトはしょうがないと言ったように微笑みを見せてリオンと共に部屋を後にした。
「あと少し……あと少しで」
それからフィリリオーネは最後の調整を始めた。
もうすぐって言ったのにもかかわらず一時間が経ってしまっていた。
「これはケイトに怒られますわね」
フィリリオーネは机の上に置いてある剣を眺める。
地面に置かれている木箱の中には残りの三本があった。
それらを眺めて、大きく息を吐いた。
「終わった……この力があれば戦争は終わる。十分な戦果です」
武力に頼ってしまうのはフィリリオーネとしても気が引けるが背に腹は代えられない。
一番手っ取り早く成果が出せる方法だからだ。
「これを貢納すれば父上からの疑いが晴れるはず……」
そして、次は今度こそ人々の生活が楽になるような魔法を。
目指すは魔法の普及だ。誰にでも扱えるようにする。
「ここまですれば、もう兄たちは私たちに手出しができなくなる。……なに?」
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