第34話 衝突


 ガルガルディ・マトックが偶然そこにいたとは考えられなかった。

 奴は俺の進路をふさぐように立って、こちらを睨んでいる。

 俺を待ち伏せていたに違いない。


「どうするんだよ?」

「べつに。自然にしていればいいのさ」


 俺はまっすぐにマトックの方へ向かって歩いた。

 オドオドしていれば、奴に付け入る隙を与えてしまうと思ったのだ。

 ああいった手合いをつけあがらせるのは俺としても癪である。

 それに、どんな用があってマトックがここに来たのかがわからない。

 ひょっとしたら同じ精霊使いどうし、仲良くなりたいのかもしれないじゃないか。

 まあ、その可能性は限りなく低いと思うけどね。

 とりあえずは無視でいいだろう。

 そのまま通り過ぎてしまおうとしたら、案の定むこうから声をかけてきた。


「貴様が絡んでいるのか?」


 唐突な質問である。


「いきなりなんだよ? なにを言っているか、ちょっとわからないな」


 3億レーメンのことを言っているのだろうが、俺はとぼけておいた。

 マトックは根に持ちそうなタイプに見える。

 こいつとはなるべく関わり合いにならない方がよさそうだ。

 なにを聞かれても、のらりくらりとかわすとしよう。

 こちらが質問に答える気はないとみて、マトックは話題を変えた。


「貴様の素性を探らせようとしたが闇の精霊たちが素直に言うことを聞かなかった。どういうことだ?」

「アンタのところがブラック企業だからじゃないか? 精霊たちも疲れているんだろうよ」

「ブラック……?」


 闇の精霊たちだってやりたくてやったわけじゃない。

 ブラックというのは言い得て妙だろう。

 それにしても無礼な男だ。

 会話なんてしたくないけど、少し釘を刺しておくか。


「安眠を妨害するような真似はやめてほしいな。俺は一日に八時間は寝ないと調子が出ないんだ」


 これを聞いてマトックはにんまりと笑った。


「毎晩のように精霊を送り込んでもいいのだぞ」


 それで脅しているつもりかよ。

 いざとなれば、結界の施された母屋で寝ればいいだけの話だ。

 ゲストルームはたくさんあるので、姫さまなら快く許してくれるだろう。


「好きにすればいいさ。だがな、俺にアンタの精霊魔法は効かないぜ、ガルガルディ・マトックさんよ」


 もちろんハッタリである。

 正直に言えば内心はビクビクです!


「貴様の名前は?」

「怪しいおじさんには名乗れないんです。祖母の遺言でして」


 俺のジャパニーズジョークはマトックのお気に召さなかったようだ。

 やつのこめかみがピクピクしているぞ。


「無理やり聞き出してもいいのだぞ……」


 低く恫喝する声に、マトックの纏う闇が濃さを増した気がした。


「ショウタ、闇の精霊が集まりだしている。気を付けて」


 こいつ、白昼堂々、往来のど真ん中でなにをするつもりだ?

 いきなり暴力に及ぶことなんてないだろうけど、ここは一時撤退が賢そうだ。


「落ち着けって。俺もなにかと忙しい身の上でね。話はまたいつかな」


 二度と出会わないことを祈りながら立ち去ろうとしたのだが、俺は足を動かすことができなかった。

 金縛りにあったみたいに手も足も動かせなくなっていたのだ。


「なにをした……?」

「ふふ」


 マトックは笑いながら俺を見つめている。

 俺の疑問に答えてくれたのはレミィだった。


「闇の精霊だよ! 闇の精霊たちがショウタの影の中にいる。それで動けないんだ」

「忍法・影縫い!?」

「ニンポウ? これは精霊魔法のひとつ、影縛りだ」


 異世界人のマトックが忍者を知らないのは当然か……。

 なんて、悠長にかまえてはいられないぞ。

 まったくもって体が動かない。


「貴様を一生ここに縛り付けてもいいのだぞ。それが嫌なら質問に答えろ」

「…………」


 やれやれ、困ったことになったぞ。

 動けないと聞いたとたん、トイレに行きたくなってきた。

 レミィにドロナックさんを呼んできてもらうか?

 それとも、適当な嘘でこの場をしのぐか……。

 そんなことを考えていたら指先が自由になる感覚がした。

 あれ、精霊が俺の周囲に集まってきている気がするぞ。

 闇の精霊がさらに増えているのだろうか?

 違う……、凛としたこの気配は光の精霊か!

 真上から太陽に照らされ、俺の影は短い。

 その影に少しずつ光が浸食しているではないか。

 そうか、光の精霊たちが俺を助けようとしてくれているんだな。


「さあ、答えろ! まずはお前の名前からだ」


 恫喝するマトックの目の前で、俺はベルトにさしていたエカテリーナの乗馬鞭を抜いた。


「なっ! なぜ動ける!?」

「言っただろう、俺にお前の精霊魔法は効かないって」


 本当は光の精霊たちに助けもらったんだけどね。

 だけど、喧嘩は相手に飲まれたら終わりだ。

 光の精霊たちに感謝しつつ、ここは尊大にふるまっておくぜ。


「これ以上つきまとうというなら容赦はしない」


 俺はエカテリーナの乗馬鞭を軽く振った。


 ピシッ!


 やべっ!

 出力が大きかったから、当たってもいないのに道に小さな亀裂が入ってしまったぞ。

 女帝の鞭、怖すぎる……。

 公共物を破壊して苦情がきたらどうしよう?

 動揺が顔に出ないよう、必死でポーカーフェイスを取り繕った。


「私の影縛りを破るとは、貴様は光の精霊使いか?」

「…………」


 もうこいつと会話なんてするもんか。

 だけど、これだけは言っておかないとな。


「アンタがなにをしようが俺には関係ない。だがな、パレス・ブラックラさまに害をなす者は徹底的に排除する。おぼえておけ」


 言うべきことを言ってしまったので俺はゆっくりとした足取りで歩きだした。

 後ろから殴りかかってきたりしないよね?

 角を曲がったところで、地図画面を開いてガルガルディ・マトックを検索した。

 奴はまだ、先ほどと同じ場所にいるようだ。


「ショウタの返り討ちにあって、茫然自失になっているんじゃねえの?」


 レミィは愉快そうに笑っている。


「だったらいいけどな。追いかけてこられても面倒だ。さっさとブラックラ邸に戻ろう」


 三十六計逃げるに如かず。

 俺たちは裏道を全速力で駆け出した。

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