第9話「和子、初めて人を着る」
怒気に任せ、真名井は刃を振るった。
腰の引けた一人を斬り伏せたが、
その先には、荒くれの武者たちが屯していた。十余名。
咄嗟に振るった刀が空を裂き、頬をかすめて血がにじむ。
それを見た武者の目に、戦の炎が灯った。
「くそガキ……俺たちの楽しみを台無しにしやがって!」
「あの女で血のけを洗おうと思っていたのに……!」
怒声が飛び交い、真名井を囲む輪が狭まっていく。
そのとき、藪の向こうから黒影が切り込んだ。
「和子!」
土陰であった。
和尚のもとを訪ねた彼女は、
和子が堀坂山へ向かったと聞き、
気が急いて駆けつけたのだ。
「これ以上は、許さぬ」
凍てついたような目が光る。
手裏剣が閃き、鎖鎌が唸りを上げる。
たちまち、二人の武者が腕を裂かれ、崩れた。
土陰と真名井は、乙女を背に庇いながら谷を駆け下る。
背後から、怒号と足音が迫ってくる――
だが、その先には火と金の影が待っていた。
「来たか……火玉の試しに、うってつけよ」
火影が囁き、火縄を口元に寄せて、
そっと息を吹きかける。
朱に染まった火種を導火線に移すと、
縄の先を勢いよく振り回し、宙に放った。
――ドーンッ!
炸裂した火玉が、先頭の武者たちを吹き飛ばす。
その混乱の中、金影がふいに飛び出し、
敵の目を引いてから、すばやく芒の原へと姿を消す。
「怯むな――、追え!」
だが、そこには罠が張り巡らされていた。
くくり罠に足を取られ、落とし穴に崩れ落ちる者たち。
敵の陣は乱れ、命惜しさに三々五々、丘へと駆け戻っていく。
「これで……総攻め、来るな」
金影は背後を一瞥し、早瀬の里へと駆けた。
その夜、寺の奥。
真名井は一人、じっと座していた。
袖にこびりついた血の匂いが消えない。
手が震える。刃を通して伝わった重みと、
温もりが、まだ掌に残っていた。
「……わたしが、奴らを呼び込んだのか」
初めて人を斬った。
そして自らの行動が、
里に戦を招いたことを思うと、
唇を噛まずにいられなかった。
その肩に、そっと手が置かれた。
「和子、戦は避けられぬ。だが――
守るために戦うこともある」
土陰だった。
その声は静かで、やさしかった。
「その覚悟を持てたなら……
お主も、もう立派な忍びの一員よ」
真名井は、そっと顔を上げ、土陰を見た。
その目には、うっすらと光が宿っていた。
かすかに笑みが浮かび、暗い空の底に、
何かが――確かに、灯り始めていた。
(つづく)
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