第45話 おかえりなさいませご主人様
文化祭当日。教室の中は装飾ガチ勢達のおかげでとんでもない出来の喫茶店に変身していた。おしゃれな机、おしゃれな椅子、黒板に書かれたおしゃれな字体の『女装メイド喫茶』の文字。
そして当然接客するのは男子。一日目前半担当の男子はメイド服を着て準備中だ。そして俺もそのうちの一人。葛葉が腕によりをかけて製作したメイド服に渋々着替える。
別にメイド服を着るのが嫌というわけでは無い。何が嫌かというと、よりにもよって膝より丈が上にあるミニスカートで太ももになんの意味があるのか分からないベルトが巻きついていることだ。
「なぁ葛葉よ」
「なん?」
「このベルトは必要なのか?」
葛葉にそう聞くと、横にいた今日は非番で一日自由行動の早乙女がシュバって来た。
「必要に決まってんじゃん! 天っちがメイド服着るんならそれは絶対必要なの! 蓮がクラシカルなロングスカートのメイドさんだから!」
「意味がわからん」
「つまりはシナジーってことだよ」
そう補足されても一切意味が分からない。結局どういう意図でこのベルトを設けているんだとまた困惑する。おそらく深い意味は本当にないのだろう
そういえばと思い周りをキョロキョロと眺めてみると、やはり華奈の姿が無い。普段なら早乙女に同調しながら、『悠真のそういうとこ見ないでよ!』とか文句を垂れていそうな場面だったが声がしないのでもしやと思ったが。
「葛葉、なんで華奈はいないんだ」
「なんか『悠真のメイド姿見たらどうにかなっちゃう』とか言っていち早くこの場から離れて女バスの出し物の方行ったよ」
それを聞いて思わず苦笑してしまうのと同時に、見せてみたいなという好奇心も湧いてくる。普通の相手なら絶対見せたく無いと思うが、華奈には何か見せてやりたいと思ってしまう。やはり華奈に相当やられているなと改めて感じた。
「しっかし、前髪は上げるのを頑なに拒否したから後ろ髪だけ括ったけど印象変わるね」
「ほんっといいよ! メロい!」
「分かってんのかメロいの意味」
「ノリで使ってるからよくわかんない」
思わず真顔になる俺と対照的に早乙女はてへっと言いながら舌を出している。葛葉が『あざとーい』とかふざけた相槌を打っているのも気にせず、俺は改めて鏡の前に立って自分の服装を確かめる。
後ろ髪を括られているのと、オーソドックスなメイド服にフリフリのミニスカート。太ももに巻かれたベルトと黒の薄い手袋と、ニーハイソックス。メイクは前髪で顔が見えずらい都合上少しだけしてもらった。メイク班がとても不服そうな顔をしていたが、俺の知ったことでは無い。
「……無しじゃね?」
「いやいや176センチの男子メイドとか1番ちょうどいいっしょ。ねぇ透」
「うん。成宮くんが177センチなのもすごくちょうどいい」
「ちょうどいい……ねぇ」
何を定義とした『ちょうどいい』なのかは分からないが、まぁもう葛葉がそう言うのならそうなのだろうと半ば諦め具合に脳みそがそう思ってしまった。
暫くしてから一日目開始のアナウンスがあり、さて取り敢えず客集めをしようと看板を持って外に出ようとした瞬間、お客さん第一号がドア前にすでに立っていた。その人の顔を見た瞬間、一気に顔を背けたくなった。
「……悠真……お前のクラスだったのか」
「兄貴……来るなら言え……ご丁寧に瑠衣まで連れてきやがって」
「ぷ……っひひっ……悠真おま……っ……」
揃って意気消沈な兄弟を横目に、瑠衣は俺の格好を見て笑いを堪えるのに必死になっている。お腹を抱えて、とても心は男と思えない可愛げのある笑い方をしている。
「ほらあれ言えよ……メイドさんと言えばの……っぶはっ……!」
「はぁぁぁぁぁ……チッ……おかえりなさいませご主人様……」
大層面倒くさそうにこの二人相手なのでかなりガラ悪くテンプレセリフを言ってみたまでは良かったが、近くを通っていた通行客の皆様全員に凝視されていて、とても居た堪れない雰囲気になってしまった。笑う瑠衣と顔を伏せつつ笑っている兄貴、俺を見てヒソヒソと喋る周りを見て、店員なのに早くも帰りたいと思い始めてきてしまった。文化祭は開始してまだ一分も経っていないのに。
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