2- 12 作業服男の霊・田中への聞き込み

 建設現場で事故死した作業服を着た男の霊・田中は、結羽との取引に応じて事故の状況を話し始めた。


「俺はいつもこのあたりでウロウロしているんだけど、その理由は、この辺りにはあまり人や車が来ないからなんだ」


 田中は話しながら歩道と車道を隔てる縁石に座り込んだ。結羽も田中から少し距離を置いて縁石に腰をおろした。


「だけど、何週間か前の深夜に白いベンツがこのあたりにやって来たんだ。すぐに CLA 200d だと分かったよ」


 田中が口にしたベンツの型式が、結羽が得ているベンツの情報と一致した。

 結羽は納得したように、うんうん、と頷いた。

 田中の話は続く。


「ただ、そのベンツは何かにぶつけたのかフロント周辺が凹んだり壊れたりしていた。その時点で怪しいと思ったよ。そうしたら、ベンツの助手席からスタイルの良い女が降りてきたんだ」


「その女の人は、どんな感じだったの?」


「顔面蒼白だったな。美人なのに笑顔ひとつ見せなかった」


 結羽は、田中の話を聞きながらメモをとった。


「その直後だよ。突然、ベンツが急発進したんだ。そして、そのままこのコンクリート壁に衝突したんだ」


 田中は、数メートル先にあるコンクリート壁を指差した。コンクリート壁には衝突痕が残っている。


「それって、明らかにわざとぶつけた感じ?」


 結羽はコンクリート壁の衝突痕を見つめながら尋ねた。


「わざとしか思えなかったな。真っ直ぐにブレーキもかけずに突っ込んでいったんだからさ」


「その後は?」


「ベンツの運転席からスーツを着た男が降りてきたよ。頭をぶつけたのか、ふらついていた。それを女が心配そうな顔して支えていたな」


「その男女は親しげな様子だったの?」


「親しいかは知らないけど、女があれだけ体を密着させて男を支えていた様子からしたら、恋人以上の関係じゃないかな」


「ふーん」


 まだ恋愛経験がない結羽には、いまいちピンと来なかった。


「ベンツから降りた男はすぐにケータイで電話をかけていたな。そうしたら、30分もしないうちに積載トラックがやって来たよ。でも、さすがベンツだな。フロントはクシャクシャでもまだ自走できるみたいで······」


「じそう?」


「自走ってのは、ベンツがまだ自分で走れるってこと」


「そうなんだ」


 結羽は『自走』の意味も一緒にメモしておいた。


「積載トラックの業者らしき男がベンツをトラックに載せると、ベンツのカップルはトラックに乗ってすぐに去っていったんだ」


「え、ちょっと待って。トラックに3人も乗れるの?」


 結羽からの質問を受けた田中は呆れた表情を浮かべた。


「お前、車のこと何にも知らないんだな」


「だって、車に詳しい男の人と違って、私は女の子だもん」


「まあ、いいや。トラックによっては、助手席に2人座れるのがあるんだよ」


「ふーん」


 田中からの情報は、公園で得た男子小学生の霊からの情報と一致していた。ただ、これだけだと、有力な情報とは言い難い。


 結羽は、メモ帳に記した田中からの情報を、もう一度最初から読み直した。


 あと、何か聞けることはないかな······。


 考え込む結羽。推理小説などあまり読まなかった結羽は、聞き込みから得た情報の活かし方を知らない。


「ねえ、田中さんはどう思う?」


「何が?」


「ベンツがひき逃げしたと思う?」


「ベンツがひき逃げ? それ、どういう意味だ?」


 結羽は田中に、交差点でひき逃げされて死亡した女性からの依頼を受けてひき逃げ犯の居所を探している、ことを伝えた。


「そうか、だからこんなところに女の子ひとり来て痴漢霊に襲われてたんだな」


 田中は結羽の行動に納得しながらも可笑しそうに笑った。


「笑い事じゃないよ! 私、初めて幽霊におっぱい触られたんだから!」


 結羽は憤然としながら言った。


「まあ、それはともかく、確かにあのベンツの男はひき逃げ犯の可能性が高いな」


 田中は真顔で結羽を見つめた。結羽は田中と目が合うと、同意するかのように頷いた。


「私もそう思う。ねえ、田中さん、ベンツを載せて走り去ったトラックのナンバーとか見てないの?」


 結羽からの質問に、田中は当時の様子を思い出そうとうつむいた。


「ナンバーは覚えてないけど、トラックに会社名みたいなものが書いてあったな」


「田中さん、何とか思い出してよ」


 田中は、しばらく沈黙していたが、やがて結羽に顔を向けると首を振った。


「ダメだ。思い出せない。ごめん、俺さ、生前から記憶力が悪くて······」


「そっかあ。じゃあ、他に何か知ってることは?」


「俺が知ってることは、すべて話したと思う」


 結羽は手にしているメモ帳を見つめた。


 あの白いベンツがひき逃げ犯の車だという可能性がかなり高まったけれど、犯人の居所の手がかりまでは掴めなかった······。


「じゃあ、約束を果たしてもらおうかな」


 メモ帳を見つめて考え込んでいる結羽に、田中が声をかけた。


「分かってる。約束だもんね」


 結羽は立ち上がった。






(つづく)

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