2-7 母親からナンパ師への伝言

 阿手川さんは何をしたいんだろう?


 交差点で奇行を繰り返す美女の霊・阿手川の意図や目的がさっぱり読めない結羽は、考え込みながら唸ることしかできなかった。


「他に何か知っている情報はありますか?」


 唸るのをやめた結羽は、背後霊の女性にさらなる情報を求めた。


「私が知っているのはこれだけよ。もしかしたら他の人たちも交差点で起きていることを見てるかもしれないわ」


 背後霊の女性が言う「他の人」というのは、もちろん「霊」のことだ。当然、結羽はそのような「霊からの視点」を心得ている。


「情報ありがとうございました!それを手がかりに、他の霊たちからも聞き込みをしてみます」


 結羽は背後霊の女性に感謝を述べながら深々と頭を下げた。

 礼を終えて頭を上げた結羽は、何かを思いついたような表情を浮かべながら背後霊の女性の顔を見つめた。


「情報を頂いたお礼として、息子さんに何かメッセージがあればお伝えしますよ?」


 結羽からの提案に背後霊の女性は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「そうね。じゃあ、息子にこう伝えてくれるかしら。女遊びは程々にしなさい、と」


「分かりました! 必ず伝えておきます」


 背後霊の女性からの伝言を受け取った結羽は笑顔で頷いた。


「息子が待ってるから、そろそろ戻りましょうか。あなたは、息子にかまわないでお店を出なさい。どうせあの子、下心でしかあなたを見てないんだから」


 背後霊の女性は苦笑いを浮かべると、結羽に手を振りながらトイレから出ていった。結羽もすぐにトイレのドアを開けると、スーツ姿の男が待つ店内へ向かった。




「遅かったね」


 スーツ姿の男は、結羽がトイレから出てくると引きつった笑顔で迎えた。


「あ、ごめんなさい。彼氏から電話があって、すぐに駅まで行かないといけなくなったの」


 結羽は嘘をついた。すると、スーツ姿の男の表情が瞬く間に強ばった。


「えー! そうなの? てか、彼氏いたの?」


 スーツ姿の男が情けない声を出すと、結羽は「そうなんです」と答えて、彼の背後にいる彼の母親に視線を向けた。背後霊の女性は「それで良いのよ」と言いたげに微笑みながら頷いている。


「じゃあ、せめて連絡先くらい教えてくれないかな?」


「それも、ごめんなさい」


 スーツ姿の男に全く興味がない結羽は、きっぱりと断った。そして、真顔でスーツ姿の男を真正面から見つめた。


「女遊びも程々にしないと、亡くなられたお母さまが悲しみますよ?」


 結羽は真顔のままスーツ姿の男に忠告した。忠告を終えると、ニコリと笑みを浮かべた。

 結羽からの忠告を受けたスーツ姿の男は、不可解さと驚きで目を丸くしたまま、呆然と立ち尽くした。


「じゃあ、さよなら」


 結羽はスーツ姿の男の母親に笑顔で手を振ると、男を店内に残してカフェを離れた。




 結羽がスタバを去り、店内のエントランスにポツンとひとり残されたスーツ姿の男は、去っていくツインテールの女の子の後ろ姿を呆然と見つめ続けた。


「どうしてあの子、俺の母親が亡くなったことを知ってたんだ?」


 スーツ姿の男は、寒気を感じて両腕全体に鳥肌が立つのを感じた。




 スタバを離れた結羽は、死亡事故現場である交差点に戻ってきた。交差点では相変わらず激しく車が行き交っている。

 交差点には信号待ちしている歩行者以外は誰もいない。ここで亡くなった阿手川の霊も見当たらない。


 交差点で突っ立っていたらまたナンパされるかもしれないから、動き回ろうかな。


 そう思いながら何気に振り返ると、アスファルトの路面にホイップが座っていた。


「ゆうは、もどったよ」


「ホイップ、お帰り」


 結羽はしゃがみ込むと、真っ白な霊体のホイップを両手で抱き上げた。


「ホイップ、どうだった? 何か情報は得られた?」


「おさんぽ、たのしかった」


「え、それだけ?」


「うん。だけど、こうえんにあのひとがいたから、おさんぽをやめた」


「あのひとって誰?」


「きのう、ゆうはとはなしていた、ちのついたひと」


「公園に阿手川さんがいたの?」


「うん。いしみたいにうごかなかった」


「石みたいに? どうして?」


「しらない」


 ホイップはそこまで答えると大きなあくびをした。


 この近くには大きな公園がある。阿手川さんは公園で何をしていたのだろう?


 結羽は顎に手を当てながら考えた。


 背後霊の女性からの情報では、阿手川さんは自分が亡くなった交差点で白い高級車が通る度に何かを探っている、とのこと。そして、私には、ひき逃げ犯の居所を探して欲しい、と依頼している。

 阿手川さんは、いったい何を知りたいんだろう······。


「ホイップ、私の肩に乗って」


 結羽の言葉が終わらないうちに、ホイップは素早く結羽の左肩に飛び乗った。


 ひき逃げ犯の居所を探す前に、阿手川さんをもう少し観察したほうがいいかも!


 目の前の歩行者用信号が青に変わると、結羽はすぐに横断歩道を渡り始めた。そして、数百メートル先にある大きな公園を目指すのだった。






(つづく)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る